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礼文島トレッキング後編

奇跡の夕日と霧の風景(7月3日〜5日)

憧れの野営地 憧れの野営地でのテントの設営。
 最初は陸地寄りの場所に張ろうと思ったけれど、上から岩が降ってきそうだとかみさんが怖がるので、海側の岩の陰に設営することにする。
 その岩のおかげで、ここだけ浜辺が海に突き出た形になっていて、その両側を美しい入り江に挟まれ、礼文島の自然が「ここにテントを張ってください」と、わざわざ用意してくれたかのような最高のテントサイトになっている。
 目の前には圧倒的な存在感の岩壁がそそり立ち、そのまま様々が遠く宇遠内への漁港まで続いている。
 反対側にはアナマ川の削りだした渓谷が続き、その隣りのアナマ岩がアイストップとなる。
 テントを張り終えると、隣りの入り江に1艘の漁船が入ってきた。ウニ採りの漁船のようである。
 その船に乗っていた漁師さんが、「キャンプしてるのか〜、ほらっ、これでも食えや!」と、採れたてのウニを箱ごと置いていってくれた。
 「あ、ありがとうございます!」
 礼文島の漁師さんは、旅人に優しいのだ。
 と、そんなシーンを頭に描いていたものの、私達には見向きもしないで沖に去っていってしまった。


アナマ海岸野営地   アナマ海岸野営地

 アナマ川の冷たい水で顔を洗う。
 天気が良ければ裸になってアナマ川で体を洗おう、何て考えていたけれど、寒くてそれどころではない。
 逆にダウンジャケットを着込む有様である。
運んできたワイン フリーズドライの質素な夕食を済ませた後、スコトン岬で買ってきたワインでささやかな乾杯をした。
 ここに着いたとき、横のポケットにワインを入れていることを忘れてザックを放り投げ、危うくビンを割ってしまうところだった。
 もしも本当に割れていたら、かみさんから一日、口を聞いてもらえなかったところである。
 昨日と同じく8時前にテントに潜り込む。
 この時間でもテントの中はまだ明るかった。
 疲れきっているので、昨日のように直ぐに眠ってしまうかと思ったら、何故か全然眠られない。
 つま先がズキンズキンと脈打っているのが感じられる。
 夜中にも何度か目が覚めた。
 ようやく風も止んで、静かな海の波音だけが聞こえてくる。
 途中でその波音が少し変わったのは、潮が満ちてきたせいだろう。
朝目覚めると、また今日もテントが濡れていた。弱い霧雨が降り続いている。
雨具を着込み、アナマ川で歯を磨いて顔を洗う。
霧雨が強くなってきたので、それぞれのテントに分かれて、朝のコーヒーと簡単な朝食を取る。
暫くして雨も上がり、ようやく自由に周辺を歩きまわれるようになった。
かみさんは水滴の付いた花の写真を撮るのに夢中になり、私は岩によじ登って高いところからの風景を撮影する。


野営地全景

ハマベンケイソウ   記念オブジェ

 濡れたテントを拭いていると、直ぐ近くの海岸まで太陽の光が当たってきた。
 僅かな雲の切れ間から青空ものぞいている。
 三日目にして、とうとう青空の下のトレッキングを楽しめそうだ、と喜んでいると、直ぐにその青空も見えなくなってしまった。
 それどころか、遠くの山が雲に隠れてきている。
 せっかく乾きかけたテントが、また濡れてしまっては大変なので、大急ぎで撤収して、ザックの中に全ての荷物が収まった。
 その重たいザックを再び背負い込む。
 昨日の歩き終えた段階では、果たして翌日も歩けるのかどうか不安に感じていたものの、一晩寝れば疲れも回復するものである。
 我が家がこれまで利用した中でも最高の野営地と言える場所を、後にするのが名残惜しく感じながらも、元気一杯で歩き始めた。(8:00)


一瞬の日射し   元気一杯に歩き始める

 間もなくして霧雨が降り始めた。撤収のタイミングは正解だったようである。
 雨具を着込んでザックカバーを取り付ける。
 ただでさえ歩きにくい岩場が、濡れて滑りやすくなるので、余計に歩きづらくなる。
雨の海岸を歩く 私はこのような場所は、岩の上をぴょんぴょんと飛び移りながら歩けるので、それほど苦にならない。
 一方のかみさんは、一つ一つの岩をよじ登る様に超えなければならないので、大変そうだ。
 やがて宇遠内の集落が見えてきた。
 野営地からでもここの防波堤が遠望できて、30分ほどでたどり着ける。
 ここにある「食堂ひとやすみ」で休憩するつもりでいたけれど、まだ朝も早くて、家族総動員でウニ剥き作業に忙しそうだったので、そのまま通り過ぎる。
 昔の8時間コースは、ゴールの元地までそのまま海岸線を歩くルートだったけれど、現在はがけ崩れなどの恐れがあるため通行禁止になっており、宇遠内からは礼文林道へ抜ける山道へと進むことになる。(8:40)


宇遠内集落が見えてきた   宇遠内集落

霧の中を歩く 集落の裏からは、伸びた草をかき分けながら進むような小道が続いていて、これが本当に正式な8時間コースのルートなのかと驚いてしまう。
 そんな草深い道を抜けた後は、ガレ場の山道から林間の山道へと、急な登り坂が延々と続く。
 先をスタスタと歩くかみさんから大きく後れをとるけれど、自分のペースで黙々と上り続ける。
 普通に8時間コースを歩いていたとすれば、疲れた体にこの上りは相当にきついことだろう。
 霧雨は止んだけれど、辺りは濃い霧に包まれたままだ。
 そこを上りきった後は、今度はダラダラとした下り坂が続く。
 こんなところでは、私の方が歩くペースが早くなるので、どんどん先へと下っていく。
 ただ、路面の赤土が濡れて滑りやすいので、一歩一歩慎重に歩かなければならない。
 この辺りから、8時間コースを逆にたどる人ともすれ違うようになってきた。
 汗をかいてきたので雨具を脱いだが、汗でずぶ濡れのシャツから一気に体温が奪われるので、蒸し暑いのは我慢して上着だけを再び着込んで歩き続ける。


礼文林道へ続く道   礼文林道へ続く道

 礼文林道の分岐に到着。(10:00)
 8時間コースはこのまま林道を下って香深井がゴールとなるけれど、私達はせっかく下ってきたところで、また林道を登ることになる。
 この上りも全然見通しが利かないので、黙々と上り続けるしかない。
 ここは7年前、フウマと一緒に歩いた道だった。周りの臭いを嗅ぎながら、スタスタと登っていくフウマの姿が脳裏に蘇る。
昼食は携帯用のカップ麺 礼文滝への分岐に到着して、ここで今日始めての休憩を取る。(10:50)
 ネットで調べたコースタイムを地図に書き込んであるのだけれど、そのタイムとほぼ同じ時間で野営地からここまで歩くことができた。
 昨日は途中で写真を写しまくっていたので、このタイムより大幅に遅れていたのだが、それが無ければ、重たい荷物を背負っていても、同じ時間で歩けることが分かって、ちょっと自信が出てきた。
 昼には少し早いけれど、朝食でまともなものを食べていないので、ここで昼食を食べることにする。
 礼文滝へは、ここから片道1時間弱の往復になる。
 ここからもう一度、海までの上り下りを繰り返すのはさすがにきつすぎるし、7年前に一度歩いているところなので、今回はパスすることにして、そのまま林道を歩き続ける。
 次第に晴れ間ものぞく様になってきて、レブンウスユキソウ群生地に着いた頃には強烈な夏の陽射しが照りつけてきた。(12:00)
月の丘 礼文島に渡って3日目に目にする太陽の姿。
 その陽射しをまともに浴びると、頭がクラクラしてくる。
 もしかしたら、ここまで歩いて来られたのは曇っていたおかげで、夏の日差しがまともに照りつける下では、暑さに弱い私たちなので、途中で干からびていたかもしれない。
 レブンウスユキソウ群生地は、これで群生地?との印象である。
 8時間コースの途中の方が、もっと綺麗に咲いていた気がする。
 そこから続く月の丘は、眺めも良いし、花も沢山咲いていた。礼文林道の中で、唯一の楽しめる場所と言える。
 今日の目的地である元地の集落が眼下に見えている。
 雲が取れて、とうとう利尻島の姿も見えるようになってきた。
 一瞬、利尻岳の山頂まで現れたので、直ぐにカメラを向ける。
 結局これが、私達が礼文島滞在中に見られた最後の利尻岳の姿だったのである。


ついに利尻岳山頂が見えた

 香深から元地へ通じる車道へと出てきた。(12:50)
 今日の宿泊地は「旅館うすゆき」。
 3日かけて礼文島を徒歩で縦断するためには、元地で1泊するのが行程上都合が良いのだけれど、その付近では野宿できそうな場所も無く、やむを得ず1泊1万円以上もする宿泊施設に泊まることにしたのである。
 この段階で私には、体力がまだ十分に残っていて、宿に入るにはちょっと時間も早すぎるし、明日歩く予定にしていた桃岩遊歩道を今日のうちに歩いてしまおうかとも考えていた。
桃岩の板状節理 そうすれば明日は、元地から礼文滝まで歩行禁止の海岸沿いを歩き、そこからハイジの谷を通って、礼文島を横断しフェリーターミナルまで歩けば、礼文島の見所をほぼ全て回ることができる。
 しかし、下り坂で爪先を痛めてしまったらしいかみさんは、それ以上歩く元気は無さそうだった。
 そのまま元地に向い、桃岩荘ユースの手前にある桃台猫台の展望台にだけ寄り道をすることにする。
 桃岩の西側の断崖には、タマネギの様な板状節理が表面に現れていて、道路からその様子が良く見える。
 こんな風景を見ると、その直ぐ近くまで行ってみたくなる私だけれど、一体は立ち入り禁止になっているので、道路から眺めるだけで我慢しなければならない。

 展望台に着いてザックを下ろす。(13:35)
 体が浮き上がりそうになる感覚は、昨日よりも強くて、その場でジャンプをすれば体が飛んでいきそうな気がする。
美しい断崖と桃岩荘 ここから見る礼文島西海岸の風景が大好きだ。
 切り立った断崖がビロードのような緑に包み込まれているかと思えば、そんな緑など全く寄せ付けないような荒々しい岩肌がその上に立ち上がる。
 人を寄せ付けない圧倒的な風景の中に、桃岩荘ユースの建物がポツンと存在している。
 宿泊者だけしかそこまで行けないのが、何とも残念だ。
 大型バスがやってきたので、旅館へ向かうこととする。
 ここで私の体力が、何時ものように突然プツンと切れてしまった。
 舗装された道がこれ程歩きづらいものだった事を、初めて知る。
 トボトボと足を運ぶ私の姿を見てかみさんは、「これで桃岩遊歩道を歩いていたらどうなったのかしら?」と私をからかう。
 「旅館うすゆき」の詳しい場所を知らずに歩いていたのだけれど、そこは結局元地の集落の一番外れにあったのである。
 旅館の玄関ホールの椅子に座ってザックを下ろした時は、そのまま後にひっくり返るところだった。(14:15)
 アナマ海岸を出発し、礼文林道を回ってここまで歩いてきたことを宿の女性に話すと、驚かれてしまった。
 この旅館は昔の8時間コースのゴールになっていたこともあって、通行禁止になっている海岸沿いに歩いてくる人も多いようである。
 ネットでいくら検索しても、この区間は通行禁止と書かれた情報しか見つけられなかったので(実際に歩いた人の話は一つだけあり)、最初から礼文林道を歩くルートしか考えに入れていなかったのだ。
 でも、宿の女性も口にしていたが、「自己責任」と言う、現在の世の中では殆ど意味を成さなくなっているこの言葉が、ここではまだ立派に通用することを知り、ホッとする気持ちだった。

地蔵岩は遠くから眺めるだけ 早速、旅館の自販機でビールを買って乾杯しようとしたら「あら、ごめんなさい!自販機のスイッチが入ってなかったわ!」
 まあ、ここでビールを飲んだらその後一歩も動けなくなりそうなので、風呂が沸くのを待つ間に、礼文島の観光名所のひとつ「地蔵岩」まで散歩することにする。
 旅館の隣りが観光バスの駐車場になっていて、観光客が次から次へとやってくる。
 地蔵岩までは歩いて行けるのかと思っていたら、その直ぐ先に、落石の恐れがあるため通行禁止と書かれた看板とチェーンの柵が張られていた。
 観光客はそこから、遠くの地蔵岩を見て引き返していくのだ。
 道路など歩かずに海岸を歩いていれば、そんな柵など気にならずに、何処までも行けてしまう。
 でも、その柵の中に留まって一生懸命に地蔵岩の写真を撮っている人たちの前で、柵の延長ラインを超えて海岸の散歩をするのは、自己責任だけを主張する我が儘オヤジになってしまいそうなので、私も遠くから写真を撮るに留めておいた。

 部屋に戻って寛いでいると、風呂の準備ができたとの電話がかかってきた。
 直ぐに飛び起きて風呂へと向かう。
 旅館に泊まる一番の楽しみは、美味しい料理よりも、風呂に入ってこの二日間の汗を洗い流すことだったのである。
 料理自慢の民宿などと比べると、それほど豪華な料理ではなかったけれど、ウニはさすがに美味しい。かみさんはウニが好きではないので、二人分を平らげる。
ついに夕日が姿を現した 部屋に戻ってビールを飲みながら窓の外を眺めていると、西の空の水平線近くに雲の切れ間が広がり、そこから少しだけ夕日が見えそうな様子になってきた。
 食事を終えた宿泊客がポツリポツリと外に出てきたので、夕日が見れなくても良いから海岸の散歩を楽しむつもりで、私達もカメラを構えて外に出る。
 沖の岩の上にポツンととまっているカモメの姿をカメラで狙っているうちに、水平線の雲の切れ間が次第に広がってきて、とうとうその雲の下に太陽が姿を現した。
 夕日と言うよりも、何だか朝日が昇るのを見るような感動だった。
 そしてその夕日が海を赤く染める。
 夢中になってカメラを向けていると、いつの間にか空は全て晴れ渡り、地蔵岩がシルエットとなって赤く染まる空の中に浮かび上がっていた。


地蔵岩の夕焼け

礼文の月 完全に諦めていた島での夕日を最後に見ることができて、満ち足りた気分で旅館に戻ろうとすると、東の空には満月に近づきつつある月がポツンと浮かんでいた。
 部屋に戻った後は全ての体力を使い果たした感じで、移動する時は二人とも、立ち上がるのも面倒で、座ったままお尻を引きずって移動するような有様。
 果たしてこの体力、一晩寝ただけで回復するのだろうか。(本日の歩いた距離 14.9キロ)

 そうして礼文島最後の朝を迎えた。
 直ぐに窓を開けると、また何時ものように、どんよりと曇った灰色の空が広がっていた。
 昨日夕日を見られたのは、本当に奇跡が起こったのかもしれない。
 心配していた体力も、ほぼ元通りに回復していて、これならば今日も予定通りに歩けそうだ。
 旅館の送迎バスに乗って、桃岩登山口で下ろしてもらう。
 食事の際に隣に座っていたご夫婦が、バスの中から手を振って見送ってくれた。
霧に霞む桃岩 いよいよ礼文島最後のトレッキングに出発だ。(8:10)
 張り切って登り始めたものの、直ぐに霧が広がってきて、辺り全てを乳白色の世界に染めてしまう。
 昨日までのような霧雨にはならないけれど、見通しの悪さは今日が一番である。桃岩展望台からも、桃岩の姿は霞んでしまって殆ど見えない。
 でも、遊歩道沿いは何処も花で一杯だった。
特に、昨日まではあまり姿を見かけなかったイブキトラノオが、そこらじゅうで風に揺られている。
 キンバイの谷を過ぎた先の、ツバメ山への登りはきつかった。
 丸太階段が付けられているものの、段差が大きすぎて足の力だけでは登ることができず、両側の手すりに掴って、腕の力で体を引き上げる。
 そうして苦労して登った先で見られるはずの、礼文島西海岸の絶景は、完全に霧の中だった。
 ここから先は、7年前に逆方向からフウマと登ってきたところである。
 その時の絶景を頭の中に蘇らせるしかなかった。


霧の中の花畑を歩く   風に揺れるイブキトラノオ

  元地灯台に到着。(9:30)
 そこから先は知床の集落まで長くて単調な下り坂が続いているだけ。
霧の中のイブキトラノオ と思っていたら、その途中に草原の中に入る細い道があった。
 人がすれ違うのも困難なような細い道なので、フウマ連れの7年前はそこを歩くのを止めていたのだろう。
 その先に花が咲いている様子は見えなかったけれど、何人も中に入っているようなので、私達も歩いてみることにする。
 そこは悲惨なほどの泥道となっていた。靴の底にぐちゃぐちゃの泥がこびり付いて、足が重たくなってくる。
 でもその先に広がっていた風景は素晴らしかった。
 霧の中、一面に広がるイブキトラノオの花。霞んでしまって遠くまでは見渡せないが、幻想的な風景である。
 霧が晴れていれば、一体どのような風景がここに広がっているのだろう。

 再び元の道に戻り下っていくと、次第に霧も晴れてくる。
知床へと下ってきた 天気が良ければ、その正面に利尻島の姿を見られるのだけれど、利尻島の上部は殆ど雲の中で山麓部分が僅かに見られるだけだった。
 そうして知床側の遊歩道入り口に到着。(10:30)
 そこのバス停に人の姿があったので、「あれ?」と思って時刻表を見てみると、ちょうど10分後にフェリーターミナル行きのバスが出るようになっていた。
 その時間帯にバスの便があることは知っていたけれど、8時過ぎに歩き始めたのでは、到底それに間に合う訳は無いと思い込んでいたので、バスに乗ることは全く考えていなかったのだ。
 「どうする?」とかみさんに聞くと、「私はどちらでも良いわよ」との返事が帰ってきた。
 フェリーターミナルまでは徒歩1時間、これまで歩いてきた道程を考えれば、鼻歌交じりに歩けてしまうようなところだ。
 二人並んで海岸沿いの最後の道を歩き始めた。

フェリーターミナルに到着 そうしてフェリーターミナルに到着。(11:30)
 観光客を眺めながら、近くの公園の東屋で着替えをしていると、完全な徒歩旅者になった気分がした。
 フェリーに乗り込み岸壁を離れる時、桃岩荘の若者がたった一人で旗を振っていた。
 「行ってらっしゃ〜い」彼が叫ぶと、私達の隣にいた若い女性が一人「行ってきま〜す」と大きな声でそれに答える。
 前回、島を離れる時はとても感傷的な気持ちになったけれど、何故か今回はそんな様子を見ていても、全く寂しさは感じなかった。
 歩く旅ならば、何時でも気軽に礼文島に渡ってこられる。
 今回見られなかった、礼文島の青い海。
 近いうちに直ぐにまたここへ戻って来るような気がするのだ。
 そしてその時は、桃岩荘の若者が「お帰りなさ〜い」と岸壁で出迎えてくれるのだろう。(本日の歩いた距離 8.9キロ)

3日間で歩いた総距離 42.7キロ

礼文島トレッキング後編の写真


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