香深から元地へ通じる車道へと出てきた。(12:50)
今日の宿泊地は「旅館うすゆき」。
3日かけて礼文島を徒歩で縦断するためには、元地で1泊するのが行程上都合が良いのだけれど、その付近では野宿できそうな場所も無く、やむを得ず1泊1万円以上もする宿泊施設に泊まることにしたのである。
この段階で私には、体力がまだ十分に残っていて、宿に入るにはちょっと時間も早すぎるし、明日歩く予定にしていた桃岩遊歩道を今日のうちに歩いてしまおうかとも考えていた。
そうすれば明日は、元地から礼文滝まで歩行禁止の海岸沿いを歩き、そこからハイジの谷を通って、礼文島を横断しフェリーターミナルまで歩けば、礼文島の見所をほぼ全て回ることができる。
しかし、下り坂で爪先を痛めてしまったらしいかみさんは、それ以上歩く元気は無さそうだった。
そのまま元地に向い、桃岩荘ユースの手前にある桃台猫台の展望台にだけ寄り道をすることにする。
桃岩の西側の断崖には、タマネギの様な板状節理が表面に現れていて、道路からその様子が良く見える。
こんな風景を見ると、その直ぐ近くまで行ってみたくなる私だけれど、一体は立ち入り禁止になっているので、道路から眺めるだけで我慢しなければならない。
展望台に着いてザックを下ろす。(13:35)
体が浮き上がりそうになる感覚は、昨日よりも強くて、その場でジャンプをすれば体が飛んでいきそうな気がする。
ここから見る礼文島西海岸の風景が大好きだ。
切り立った断崖がビロードのような緑に包み込まれているかと思えば、そんな緑など全く寄せ付けないような荒々しい岩肌がその上に立ち上がる。
人を寄せ付けない圧倒的な風景の中に、桃岩荘ユースの建物がポツンと存在している。
宿泊者だけしかそこまで行けないのが、何とも残念だ。
大型バスがやってきたので、旅館へ向かうこととする。
ここで私の体力が、何時ものように突然プツンと切れてしまった。
舗装された道がこれ程歩きづらいものだった事を、初めて知る。
トボトボと足を運ぶ私の姿を見てかみさんは、「これで桃岩遊歩道を歩いていたらどうなったのかしら?」と私をからかう。
「旅館うすゆき」の詳しい場所を知らずに歩いていたのだけれど、そこは結局元地の集落の一番外れにあったのである。
旅館の玄関ホールの椅子に座ってザックを下ろした時は、そのまま後にひっくり返るところだった。(14:15)
アナマ海岸を出発し、礼文林道を回ってここまで歩いてきたことを宿の女性に話すと、驚かれてしまった。
この旅館は昔の8時間コースのゴールになっていたこともあって、通行禁止になっている海岸沿いに歩いてくる人も多いようである。
ネットでいくら検索しても、この区間は通行禁止と書かれた情報しか見つけられなかったので(実際に歩いた人の話は一つだけあり)、最初から礼文林道を歩くルートしか考えに入れていなかったのだ。
でも、宿の女性も口にしていたが、「自己責任」と言う、現在の世の中では殆ど意味を成さなくなっているこの言葉が、ここではまだ立派に通用することを知り、ホッとする気持ちだった。
早速、旅館の自販機でビールを買って乾杯しようとしたら「あら、ごめんなさい!自販機のスイッチが入ってなかったわ!」
まあ、ここでビールを飲んだらその後一歩も動けなくなりそうなので、風呂が沸くのを待つ間に、礼文島の観光名所のひとつ「地蔵岩」まで散歩することにする。
旅館の隣りが観光バスの駐車場になっていて、観光客が次から次へとやってくる。
地蔵岩までは歩いて行けるのかと思っていたら、その直ぐ先に、落石の恐れがあるため通行禁止と書かれた看板とチェーンの柵が張られていた。
観光客はそこから、遠くの地蔵岩を見て引き返していくのだ。
道路など歩かずに海岸を歩いていれば、そんな柵など気にならずに、何処までも行けてしまう。
でも、その柵の中に留まって一生懸命に地蔵岩の写真を撮っている人たちの前で、柵の延長ラインを超えて海岸の散歩をするのは、自己責任だけを主張する我が儘オヤジになってしまいそうなので、私も遠くから写真を撮るに留めておいた。
部屋に戻って寛いでいると、風呂の準備ができたとの電話がかかってきた。
直ぐに飛び起きて風呂へと向かう。
旅館に泊まる一番の楽しみは、美味しい料理よりも、風呂に入ってこの二日間の汗を洗い流すことだったのである。
料理自慢の民宿などと比べると、それほど豪華な料理ではなかったけれど、ウニはさすがに美味しい。かみさんはウニが好きではないので、二人分を平らげる。
部屋に戻ってビールを飲みながら窓の外を眺めていると、西の空の水平線近くに雲の切れ間が広がり、そこから少しだけ夕日が見えそうな様子になってきた。
食事を終えた宿泊客がポツリポツリと外に出てきたので、夕日が見れなくても良いから海岸の散歩を楽しむつもりで、私達もカメラを構えて外に出る。
沖の岩の上にポツンととまっているカモメの姿をカメラで狙っているうちに、水平線の雲の切れ間が次第に広がってきて、とうとうその雲の下に太陽が姿を現した。
夕日と言うよりも、何だか朝日が昇るのを見るような感動だった。
そしてその夕日が海を赤く染める。
夢中になってカメラを向けていると、いつの間にか空は全て晴れ渡り、地蔵岩がシルエットとなって赤く染まる空の中に浮かび上がっていた。
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