トップページ > キャンプ > キャンプ日記 > 2009年キャンプ日記

礼文島トレッキング前編

まだ見ぬ野営地を目指して(7月3日)

スコトン岬に到着 路線バスの終点スコトンに到着。
 いよいよここから礼文島トレッキングが始まる。
 途中で野宿をする予定の私達は先を急ぐ必要も無いので、まずは売店の中を覗いてみることにした。
 特に何かを買うつもりも無かったのに、かみさんがワインのハーフボトルを見つけて「ねぇねぇ、これ良いんじゃない?」
 「そんなもの持って歩くつもりか?」
 「良いわよ、私が持つから!」
 長距離を歩いて、テントを設営して、ホッと一息ついたところで、冷たいビールが・・・、無い。
 事前にバックパックの旅をシミュレーションしていても、どうしてもこの状況だけが想像できず、一体どうなるのだろうと心配していたので、かみさんのこの無謀な買い物にもあっさりと同意してしまった。
 それにしても、少しでも荷物を軽くするのがバックパックの基本なのに、ビン入りのワインを買うのだから呆れてしまう。
 結局そのワインは、私のザックのポケットに収められることとなった。
 曇り空の下では、岬から眺めるトド島の風景もパッとしない。
 「前に礼文島に来た時は、ここに来たっけ?」
 そんな会話を二人で交わしながらも、7年前は車で島に渡っているので、こんな観光地を外す訳がない。
 それなのに二人とも、その時の風景がどうしても思い出せなかった。
 車での旅は、往々にしてこんなものである。何の苦労も無く目的地に着いてしまっては、そこの風景も心に残るものにはならないのだ。
 と考えたものの、実際は二人のボケ症状が進んだだけなのかも知れない。

 南へと歩き始める南へ向かって歩き始める。(7:30)
 足の付け根の違和感も、今は殆ど気にならない。
 相変わらず、空模様はパッとしないままだけれど、私の心の中には急速に晴れ間が広がってきていた。
 途中、鮑古丹へと続く海岸線ルートと、トド島展望台への山道ルートの分岐は、迷わずに花の美しそうな山道ルートへと進んだ。(8:00)
 そこからはもう、花園の中を歩いているようなものである。
 原生花園定番のエゾカンゾウにチシマフウロ、それよりも目立っているのがレブンシオガマのピンクの花だった。
 実はこの時、事前に調べておいたはずなのに、二人ともこの花の名前が思い出せずに、会話の中では「この何とか花は綺麗だね〜」と表現するしかない。
 花を見る時は、その名前を知っておいた方が、知らないよりはずーっと楽しめるのは確実である。
 そこら中で立ち止まっては写真を撮っているものだから、なかなか先へと進めない。
 8時間コースをそのまま歩こうと思ったら、こんなことはしていられない。途中で野宿を予定したのは、こうやってのんびりと歩きたかったこともあるのだ。
 花から目を離して、周りを見渡すと、先程までとは全然違う風景が広がっている。ダイナミックに変わっていく風景も、ここのルートの魅力だろう。


レブンシオガマの群落   百花繚乱

圧倒的な断崖の風景
 

 大型バスが走ってきた。
 前回、車で島に渡った時は、私達もこの道を車で走ったことを何となく覚えている。でも、花の美しさを楽しむには歩くのが一番である。
 大型バスの窓からこの風景を眺めるしかない観光客と比べて、自分達はとっても贅沢な旅を楽しんでいると言う優越感を覚えてしまう。
ゴロタ岬 前方に高々と聳えるゴロタ山が見えてきた。
 うねりを打つ稜線、その稜線が突然、切り立つ崖に姿を変えて海へと落ちていく。
 その山頂に向かって、遊歩道が細々と続いている。
車道から離れて、いよいよゴロタ山を登り始める。(9:00)
 重いザックを背負っての初めての急な登り、心配していたほどザックの重さは気にならない。
 登山の経験は殆ど無いに等しいけれど、数年前から山スキーで冬山に登っているので、その時とさほど違いは無かった。
 山スキーの時もそうだけれど、登る時の速さはかみさんには敵わない。
 私が写真を写している間に、かみさんは遥か上まで登ってしまっている。そうして、私が必死になって登ってくる姿を、ニヤニヤしながらカメラで写しているのである。
もう少しで頂上だ 後を振り返ると、今まで歩いてきたスコトン岬からのルートが一望できた。
 登り口のところにワゴン車が停まって、そこから何人かが降りてきたのが見える。
 民宿の送り迎え付きで、ここから西上泊までの区間を歩くのだろう。
 そんなお手軽ハイカーに追い抜かれるのは悔しいので、私も慌てて上り始めた。
 登山道は雨で濡れて滑りやすくなっているので、足元に気をつけなければならない。
 下を向いたまま黙々と登っていく時、登山道を彩る様々な花達が私を励ましてくれているような気がする。
 そうしてようやく、ゴロタ山の頂上に到着。(9:25)
 頂上から見る景色は、まさしくこれが礼文島と言った感じだ。
 青空が広がっていれば、更に素晴らしい風景となるのだろうけれど、灰色の空の下でも十分に感動的である。
 南を見ると鉄府集落へ続く海岸が緩やかなカーブを描いて続いている。


岩場に咲く花   鉄府へ続く海岸線

花の風景に夢中   チシマフウロ

鉄府の海岸へと降りる 花に囲まれた稜線の細い道を歩いて、その先は鉄府海岸までの一気の下りとなる。
 丸太階段も整備されているけれど、登りよりもこの下りがきつかった。
 一段毎の段差もかなりあって、そこを一歩降りるたびにザックを含めた全ての重量が膝に圧し掛かってくるのだ。
 それに、丸太階段の欠点として踏み面の土が流出してしまうため、丸太部分だけが飛び出したようになって、余計に歩きづらくなるのである。
 膝が悲鳴を上げそうになったところで、ようやく海岸まで降りてこられた。
 この海岸の何処かで昼食を取る予定だったが、ゆっくりと歩いてきたつもりでも時間はまだ10時半だ。
 昼食にはさすがに早すぎるが、ここで初めての休憩を取ることにする。
 ワゴン車から降りてきたグループが、スタスタと私達を追い抜いていった。
 多分、決められた時間までに迎えが来る場所に着かなければならないのだろう。
 それに比べて私達は、暗くなるまでにキャンプ地に着ければ良いので、急ぐ必要も無い。
 最悪、途中で暗くなってしまえば、そこでテントを張る事だってできる。
 時間を気にする必要が無いことで、本当に自由な気持ちになれるのである。
 ここで初めて、逆周りで歩いてきた人とすれ違った。
 丸太階段を降りるときの辛さを考えれば、この区間は逆周りで歩いた方が楽かもしれない。
 これまでは見かけなかったハマベンケイソウやハマエンドウなどの海岸性の花を眺めながら歩いていると、あっと言う間に鉄府の漁港まで辿り着いた。(11:00)


一休み   礼文の海を眺める

 そこから澄海岬の山を越えたところが西上泊で、トイレや売店などの施設が整っているところだ。
 しかし、この山越えが結構大変だった。海岸から一気に、急な坂道を上らなければならない。
 礼文島のこの付近のトレイルコースは、観光パンフレットにもしっかりと載っているので、ちゃんと整備された道だと思われるかもしれないが、全くそんなことは無い。
澄海岬への急な上り 特にここの登り始めてからしばらくの間は、急斜面に付けられたただの踏み分け道と言った風情で、本当にここがあの有名な8時間コース、そして北の4時間コースの一部なのかと疑ってしまいたくなる。
 でも、このワイルドさこそが礼文島の魅力なのである。
 ここにコンクリートの階段を作られてしまっては、その魅力も半減してしまうだろう。
 泥だらけの踏み分け道を、覆い隠すように茂っている可憐な花々を目で追いながら、一歩一歩確実に登っていく。
 先に上まで登ったかみさんの「うわ〜、凄い〜」の声を聞くと、登るスピードも一気に速まる。
 ここの眺めも素晴らしいものだった。(11:35)
 岬の斜面に咲き誇る色とりどりの花、目も眩むような切り立った崖、そこを優雅に滑空するカモメ達、そして青く澄んだ水を透して見える海底の様子。
 曇っていてもこれなのだから、青空のときの風景は一体どれほど美しいのか、私の貧弱なイマジネーションでは全く思い浮かべることもできなかった。


澄海岬

 一気に上った後は、一気に下らなければならない。
 私の膝は悲鳴を上げ始め、かみさんもつま先が痛いと辛そうにしている。
 やっとの思いで西上泊の集落まで降りてきた。(11:50)
 駐車場には大型バスが1台停まっていて、団体客がゾロゾロと戻ってきているところだった。
 まずは売店に入ってみる。団子とかフランクフルトとか、食べ物はそんなものしか無いだろうと考えて、昼食は別に用意してきたのに、蕎麦やピラフなどもあって、昼食はここで十分に済ませそうだ。
 結局ここで500円の蕎麦を食べたけれど、これが本当に美味しい蕎麦で、私が生涯食べた中でも、一番美味しい蕎麦だったような気がした。
 疲れて腹が空いていたのでそう感じたのかもしれないが、美味しいことだけは間違いない。
澄海岬展望台から 団体客が帰った後の澄海岬の展望台へ行ってみたが、曇り空の下ではその景観もパッとせず、写真を一枚写しただけでサッサと帰ってきてしまった。
 7年前は天気が良かったこともあって、展望台から見る光景に感動したのだけれど、今回は山の上から見た風景の方があまりにも素晴らしかったので、余計に見劣りしたようである。
 澄海岬を出発。(12:25)
 4時間コースはここから浜中へ戻ることになるので、この先は8時間コースを歩く人間しか入り込まない本当の自然の中のルートとなる。
 時間も昼を過ぎていたので、そこでもう人に会うことは無いだろうと思いながら西上泊の集落の中を歩いていると、私達の後ろからおばさんの4人連れが付いてきていた。
 「え〜っ?あのおばさん達も8時間コースを歩くの?!」
 限られた人間だけがチャレンジする8時間コース、勝手にそんなイメージを抱いていたのが、その4人のおばさん達を見てイメージが崩れ去ってしまう気がした。
 少し立ち止まって先に行ってもらい、私達はその後からゆっくりと歩くことにする。

西上泊を後にする 民家の直ぐ横を通り抜けて、斜面を登り始める。
 かみさんが、沢の対岸を走るバスに向かって手を振っていた。
 珍しいことをしているなと思ったら「バスに乗っていた人達がこちらに向かって手を振っていたのよ」とのこと。
 おそらくバスガイドさんが「あの人たちはこれから8時間コースを歩くのです」とでも説明していたのだろう。
 笹に覆われ眺めの良くない上り坂がしばらく続く。
 その道が突然、塞がれてしまっていた。
 先に歩いていたはずのおばさん4人連れが、その狭い道の上に座り込んで休んでいたのである。
 「あらぁ、ごめんなさいね〜、今除けるからね」
 「すいませ〜ん」とその横をすり抜けて登り続けたけれど、このおばさん達大丈夫だろうかと本気で心配になってしまった。
 登り始めて30分ほどで浜中から召国へと続く道に出てきて、道幅もやや広くなる。(13:00)
 そこからもダラダラと上り坂が続き、周辺は一面の笹原で、急に疲労感が増してくる。
 それでも、途中からまた花の咲き乱れる美しい丘が現れ、疲れた体を癒してくれた。
 笹に覆われる場所と、花が咲き乱れる草原、何がきっかけとなってこのような違いが出てくるのか、その理由を知りたくなる。
 召国への分岐に到着。(13:30)
 この召国の海岸も野宿候補地の一つとして検討したのだけれど、そこの様子が全く分からなかったので、候補地からは外していた。
 ちょっとだけでもその様子を見てみたかったけれど、せっかくここまで登ってきたのに、また海岸まで下りる気にはとてもなれないので、そのまま先へと進んだ。

花の丘を通り過ぎる

レブンシオガマ   エゾカンゾウとレブンシオガマ

 前に見えていた山並みが雲の中に隠れてしまい、嫌な予感がしていたら、やっぱり霧雨が降り始めてしまった。
 せっかく途中で脱ぐことができた雨具を、再び着込むことにする。
 次第に疲れが増してきていた。
 かみさんは「自分のペースで登った方が疲れないから」と言って、サッサと先に行ってしまう。
 冷たい奴だな〜と思いながらも、突然のようにパワーが切れてきたのが感じられた。
カラフトゲンゲの咲く丘 かみさんが脇道に逸れたところで「凄いわよ〜」と手を振っていた。
 最後の力を振り絞ってそこまで行ってみると、カラフトゲンゲの美しい群落が一面に広がっていた。
 その光景に感動するより前に、既に私のパワーゲージはゼロになっていて、裸地になっている場所を見つけて倒れこんだ。(14:00)
 高カロリー行動食を食べて、ようやく少し体力が回復してくる。
 こうなる前に、少しずつエネルギーを補給するのが、正しい山歩きの方法なのだろう。
 体力が回復したところで、改めて周りを眺めてみると、本当に美しい場所だった。
 おばさん4人グループが脇目も振らずに急ぎ足で通り過ぎて行く。
 「こんな場所があるのに素通りしちゃうなんて、何て勿体無い」
 途中で野宿をするつもりで、ゆっくりと歩いている私達と同じペースでここまで歩いてきているのだから、最後まで行き着くためにはかなり急がなければならないのだろう。
 私達も先へと進むことにする。
見通しの悪い森の中へと入っていく 道は途中から森の中へと入って行き、見通しも利かなくなるので、ひたすら先へと進む。
 体力も回復し、平地や下り坂では私の方が早く歩けるので、先程の借りを返してやるとばかりに、かみさんの前に出てスピードを上げた。
 しかし、再び上り坂になるとガクンとスピードが落ちてしまい、後ろからかみさんに煽られる破目になってしまうのだ。
 おばさん4人グループが再び行く手を塞いでいた。
 「何でわざわざ、こんな狭くて眺めも良くない場所で休憩するんだろう?」と疑問に感じながら、再びおばさん達を追い越した。
 森を抜けると素晴らしい眺望が開けてきた。
 2箇所ほどで小さな沢を渡る。
 礼文島ではエキノコックスの心配も無いので、十分に飲料用にできそうな沢水である。
 これならば、重たい思いをして一人2リットルの水を担いでくる事も無かったかもしれない。
美しい谷 この小さな沢が、礼文島の大地を海に向かって大きく切り裂き、その下流に素晴らしい渓谷美を作り出している。
 この辺りからレブンウスユキソウの姿も見られるようになってきた。
 歩くに連れて植生も変化してくるのが、礼文島トレッキングの楽しみである。
 突然、草木の全く生えていない広々としたガレ場が現れた。(15:45)
 道から離れてその中に足を踏み入れると、何処が本来のルートなのか分からなくなってしまいそうだ。
 そのガレ場の端の方に8時間コースの看板があったので、それに従って更に先へと進む。
 道は次第にそのまま険しさを増して、急な傾斜地に穿たれた道は一歩間違えればそのまま谷底まで転がり落ちてしまいそうだ。
 重たいザックを背負っている所に、時々強風も吹きつけてくるので、バランスを崩さないように手も使いながら慎重に進む。
 やがて島の内部に向かって大きく切れ込んだ巨大なV字谷が現れた。この谷底を流れるのがアナマ川だとしたら、今日の目的地まではあと少しのはずだ。


恐ろしい道   巨大なV字谷

目的地が見えた そしてとうとう、ネット上でその画像を何度も目にしていた、見覚えのある海岸が遥か眼下に現れた。
 しかし、そこから先は目の眩むような崖になっている。
 岩を削って階段状にはなっているけれど、横に張られたロープが無ければ、怖くて下りられないかもしれない。
 岩も浮いているので、間違ってそれを蹴飛ばしたりしたら、そのまま他の岩も巻き込んで下まで転がり落ち、先に下りて行ってるかみさんを直撃してしまいそうだ。
 そう思って慎重に下りていると、おばさんグループが追いついて来たので、今度は自分が岩の直撃を受けそうな立場に変わり、下りるスピードを速める。
 その横は砂すべりと呼ばれるガレ場になっていて、そちらを滑り降りた方が楽そうにも見える。
 そうしてようやく、無事に下まで辿り着いた。
 アナマ川を渡った先が、今日の最終目的地の海岸だ。(16:25)
 大きな岩に挟まれた玉砂利の海岸は、まさに絶好の野営地である。
 ネット上で見た写真だけでは、本当にそこにテントを張れる様な場所があるのかどうか、最後まで確信できなかったのだが、申し分の無い場所である。
 ザックを肩から降ろすと、軽くなった体が宙に浮かび上がりそうで、何とも変な感覚がする。


急な崖を降りる   野営地に到着

 おばさん達が追いついてきた。
 今日の目的地を聞くと、宇遠内から林道までの登りがきついので、本来の8時間コースではなくそのまま海岸線を歩いて元地に抜けるとの事。
 「僕達の今日の目的地はここなんです」と言うと驚いていたが、それでようやく私達が大きなザックを背負っていたことに合点がいったようである。
 多分それまでは、「何のためにあの二人は大きな荷物を背負って歩いているのかしら?」と、おばさん達の話の種にされていたのだろう。
 「お気をつけて!」
 「ごゆっくり!」
 挨拶を交わした後、おばさん達は休みも取らずに、そのまま険しい岩だらけの海岸をスタスタと歩き去っていった。
 そのしっかりとした足取りを見ると、きっと皆さん、山登りのベテランの女性達なのだろう。
 途中の姿を見て「大丈夫なのかな?」何て心配していたけれど、心配されていたのは逆に私達の方だったかもしれない。
 そうして他に誰もいなくなった海岸。
 私達だけの時間が訪れた。(本日の歩いた距離 18.9キロ)

礼文島トレッキング前編の写真


戻る   ページTOPへ ページトップへ