|   冴え冴えと晴れ渡った青空、サイトを囲む山肌は赤や黄色の、春紅葉とも呼ばれる新緑に染まっている。一つ一つの木々を観察してみると、一番赤く色づいて見えるのはイタヤカエデの新緑だった。他の樹木も、それぞれが特徴のある芽吹きの形態をしていて、なかなか面白い。
 
  そんな新緑の木々の間から響いてくる野鳥達の歌声。 下手なキャンプ場よりも、ずーっと落ち着ける。
 見聞録のBBSでは、ここは「良いところ」として通っているけれど、正にそのまんまの「良いところ」である。
 そんなサイトのあちこちに、直火の焚き火跡が黒々と残っている。「ここで直火はやらないだろ〜」って言いたくなってしまう。
 以前はここのトイレには温風乾燥機まで取り付けられていたけれど、今はその壁にはボルトの穴が開いているだけだった。
 管理人もいなく、キャンプ場としても公表されていないこのような場所。
 利用者のマナー、にその存続がかかっていると言えるだろう。
  日が沈むと急速に気温が下がってきたので、焚き火の隣りに小テーブルを置いてそこで夕食を食べることにする。
  今時期は暗くなるのも遅いので、ゆっくりと食事を・・・、と言いたいところだけれど、今日の夕食はスープ系メニューなので、冷めない内に食べなければならない。 ガツガツとかっ込んで、慌しい夕食を終えた。
 食事が済めば、後は焚き火のそばでのんびりと時間を過ごすだけである。
 今日は空気が澄んでいるので、美しい星空も楽しめそうだ。
 既に場内もかなり暗くなってきたけれど、一向に照明に明かりが灯る様子が無い。
 「トイレや水場は開放していても、場内照明は消しているのかも」と期待していが、残念ながら午後7時ジャストに照明灯が点灯してしまった。
 誰もいない場内に、焚き火の爆ぜる音が響き渡る。
 そんな静けさを楽しんでいたら、砂利道を登ってくる車の音が聞こえてきた。
 「こんな時間に、まさかキャンパー?」と驚いていると、大きなキャンピングトレーラーを引いた車がサイトに入ってきた。そしてその後ろからももう1台の車が。
 
  全くの予想外の出来事に呆然としてしまった。 我が家のテントの直ぐ隣りに停まったキャンピングトレーラー。さすがにそこでは近すぎると思ったのか、反対側へと移動したものの、なかなかトレーラーの置き場所が決まらないようだ。
 そのうちに若い男性がこちらにやって来て、「すいません、騒がないので隣に停めさせてもらっても良いですか」と聞いてきた。
 団体キャンパーかと思ったら、礼儀正しい家族連れキャンパーの方だったのでホッとした。
 後ろから付いてきた車は奥さんが運転していたらしい。
 キャンプ場独占の楽しみは消えてしまったけれど、静かな夜に変わりは無かった。
 その夜はかえって、私達夫婦の話し声の方が大きかったかもしれない。
 背中がゾクゾクと冷えてきたので温度計を見ると2度である。どうりで寒く感じるわけだ。
 明朝も早く目覚めそうなので、10時にはテントの中にもぐりこんだ。
  鳥のさえずりに目を覚まさせられる。そんな心地良さにまどろんでいると、すっきりと目覚めた時には既に5時を過ぎていた。せっかくのキャンプなのに、家にいる時よりも朝寝坊するとは勿体ない。
 
  テントから出ると、外に置いてあったものは全て、霜に覆われて真っ白になっていた。 そう言えば昨日、場内の隅の方で芽を伸ばしていたイタドリが妙に黒ずんでいるのが気になっていたけれど、どうやらそれは霜にやられたものらしい。
 新緑の季節を迎えてからの霜とは、過去のキャンプでもあまり記憶が無い。
  大型のキャンピングトレーラーがもう1台増えていた。私はぐっすりと寝ていたので気が付かなかったけれど、かみさんの話では夜中の11時頃に到着したらしい。
 仕事を終えてからやって来たようで、話を聞いてみるとここを結構利用されているとのことである。
 誰もいないキャンプが楽しめたのはもう以前の話しで、ここの存在もかなり知られてきたようだ。
  ダム湖にカヌーを浮かべる。ダム湖ではカヌーが禁止されているところも多いので、一応は周辺をチェックしてみたけれど、何処にもカヌー禁止とは書かれていない。
 
  それでもかみさんは「管理の人が来る前にこっそりと乗りましょう」と、何だか悪いことでもしているような様子である。 静内湖でカヌーに乗ってキャンプ場の管理人のおばさんに叱られたことがあるので、ダム湖でカヌーに乗ることに罪悪感を感じているようだ。
 ここのダム湖もほぼ満水となっているようで、おかげでカヌーを出すのにもちょうど良い場所があった。
 淡い緑の衣をまとったヤナギの木が、まるで水面から生えているかのように枝葉を広げている。
 対岸に渡って細い入り江のような場所に入ってみることにした。
 立ち枯れたマツが水面から立ち上がる姿は、朱鞠内湖を思い出させる。
 思いのほか奥行の深い入り江だった。
 朝日が新緑の木々を照らし、湖面に写ったその風景が静かにゆらゆらと揺れている。
 「あっ!カワセミ!」
 かみさんが指差す先を見ると、湖面に張り出した枝の途中に青い鳥がとまっていた。
 音を立てずにカヌーをゆっくりと近づけようとすると、その気配に気が付いたカワセミは、直ぐに飛び去ってしまった。
 湖岸に近づいてみると、行者ニンニクの畑になっている場所があった。カヌーに乗ったまま手を伸ばせば、それを収穫することができる。
 好きな人ならば大喜びするところだろうけれど、我が家はその中の1本を採って匂いを嗅ぎ、「臭いわね〜」、「そうだね〜」程度の反応で終わってしまう。
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