テントサイトで寛いでいると、「見聞録のヒデさんですか?」と突然声をかけられた。
「は、はい、そうです」とびっくりした表情で返事をしたけれど、実はこれはあらかじめ予想していた事態で、「や、やっぱり・・・」と言うのが本当の気持ちだった。
この時期に、そして数少ないオープンしているキャンプ場に泊まれば、知っている人に会う確立はかなり高くなる。
のんびりキャンプの好きなかみさんが「厚真大沼が良い」と言っていたのは、そんな理由もあったのだろう。
声をかけてくれたのは「北海道のにわかキャンパー」のサイトを公開しているアッチさんだった。
ネット上では既に知り合いなので、初対面と言う感じが全くしないのは何時ものことである。
気温が下がってきたのでコーヒーを入れ、マザーズで買ってきたシュークリームにパクリと噛み付いた瞬間、「見聞録のヒデさんですか」と再び声をかけられた。
さすがに今度は本気で驚き、慌ててシュークリームをテーブルの上に置いて立ち上がる。
BBSに何時も書き込みをしてくれていたなべべ〜さんと、その奥さんに二人の子ども達だった。
アッチさんもなべべ〜さんご夫妻も、会ったこともないフウマのことをとても心にかけていてくれて、本当に嬉しかった。
でも、もしもフウマがまだ生きていたら、テントに近づく人間には誰彼かまわずに吠えかかっていたはずで、それを考えると冷や汗が出てしまう。
キャンプ場で突然声をかけられるのは何となく気恥ずかしいけれど、ネットでしか繋がりの無かった方々とこうして実際に会って本当の知り合いになれるのは楽しいものである。
寒くてたまらないので焚き火を始める。
夕方になると弱い霧雨が降ってきた。弱いといっても、長い間外に出ていると濡れてしまうような降り方だ。
テントの前室の中で夕食を済ませ、その後もしばらくテントの中から焚き火を眺めていた。
焚き火の温もりはそこまで届いてこないけれど、赤い炎の揺らめきを見ているだけで心が落ち着く。
やがて霧雨も止んだので、焚き火のそばに椅子を移す。
ワインを飲み、フウマの思いで話をし、ゆっくりと時間が過ぎていく。
立ち上がって場内の様子を見回すと、それぞれのサイトから赤い小さな炎がチロチロと上がっているのが見える。
それぞれのキャンパーが、それぞれの方法でキャンプを楽しんでいるのが分かる、良い風景だった。
やがて雲の切れ間から星が覗けるようになり、それが満天の星空に変わるのにもそれほど時間はかからないだろう。
でも明日の朝は目覚めるのも早いだろうし、寝不足にならないように早めに寝ることにする。
野鳥の多いポロトの森なので、そのさえずりで目が覚めることになりそうだ。
そう考えていたのに、目が覚めたときに聞こえていたのは、トラツグミの「ヒーー、ヒューー」と笛を吹くような悲しい鳴き声だった。
まあ、鳥のさえずりに変わりは無いけれど、朝のBGMとしてはあまり嬉しくない声である。
テントから出ると、霜が降りて芝生が真っ白になっていた。テントもバリバリに凍り付いている。
去年まで、しばらく暖かな日のキャンプばかり続いていたので、久しぶりに味わうこの冷え込みが逆に心地良く感じる。
この冷えた空気の中、冷たい水で顔を洗うのもまた気持ちが良い。冷え込みが強ければ強いほど、水が温かく感じられるのである。
それでもやっぱり、サイトに朝の光が届くまでは、焚き火にかじり付いて暖を取らなければ耐えられない
朝食を終えて、ポロトの森の遊歩道を歩いてみることにする。
樽前山を展望できる望岳台までは以前に歩いたことがあるので、今日はもう少し足を延ばして一番遠くのもみじ平を目的地にする。
案内図によると望岳台まで1.2キロ、望岳台からもみじ平まで1.8キロ、そしてサイトまで戻ってくるのに2.5キロの合計5.5キロ。
気軽に歩くにはちょっとためらうような距離だけど、最近は毎朝の散歩で4、5キロは歩いているので、それほど苦にもならない。
昨日のコースでもクリの巨木を楽しめたけれど、今日のコースはそれ以上に巨木が多い。
特に展望台からもみじ平へ続く尾根筋の遊歩道は、巨木の道と名付けたくなるくらいである。
1本1本が特徴のある姿で存在を誇示していて、歩いていても飽きることが無い。
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