ようやく湖面まで朝の光が届いてきて、朝もやの風景をより幻想的に見せている。
それまで寒そうな様子だったフウマも、太陽の光を浴びて気持ち良さそうに目を細めている。
弁天島までやってくると急に北風が強く吹き始めた。ここまでは、周りの風景を楽しみながらゆったりとしたパドリングだけで来ることができたのに、帰りは二人で必死に漕いでもなかなか前に進まない。これがあるから湖でのカヌーは油断できないのだ。幸いこの風も直ぐに弱まり、またのんびりと漕ぐことができるようになった。
東側の湖岸にカヌーを近づける。この付近の岸辺は、むき出しの岩肌と美しく色付いた木々が、まるで日本庭園のような美しさを作り出している。どんなに熟練した庭師でも、この自然の作り出す造形美には適わないだろう。
まだ朝の7時前なのに、早くも観光船がやって来た。5人ほどのお客さんが乗っているのが見える。我が家のカヌーの前を通り過ぎる時、観光船の船長さんが汽笛を鳴らして手を上げてくれた。私達がそれに答えて手を振ると、お客さんたちもこちらに手を振り返してくれる。爽やかな気持ちになれる一時の交流だった。
寒くなってきたので、日の当たっている西側へと移動する。そこには3艇のカナディアンが浮かんでいた。ネイチャーセンターのツアーらしい。
こんな日にツアーに参加したお客さんは、本当に幸せ者だと思う。
しっとりとした日本庭園の様な雰囲気だった東側の湖岸と比べて、こちらは紅葉した木々が太陽の光を正面から受けて、一歩間違えれば原色のけばけばしい世界となってしまいそうな感じである。
朝のカヌー散歩を満喫してサイトまで戻り、朝食にする。
宿泊場所は糠平から然別湖に変更になったけれど、最初に予定していた糠平湖のタウシュベツ川橋梁はどうしても見に行きたかった。
そしてどうせ見るのなら、カヌーに乗って湖上から眺めなければ面白くもなんとも無い。
然別湖の湖畔からカヌーを引き上げて車に積み込んでしまうと、糠平湖から戻ってきた時にそれをまた然別湖に浮かべる気にはなれないだろう。何せここの駐車場から湖畔までは距離があるので、アリーと違って重たいフリーダムを運ぶのは、非力な私にはかなりの重労働なのだ。
そう考えると、最後にもう一度然別湖でカヌーに乗っておきたかったので、朝食を済ませて再び湖上散歩へと出かける。
ヤンベツ川が流れ込む付近で、湖の水深がやたら浅くなっているのが気になった。川から流れ込んだ砂が堆積しているようである。糠平へ向かう途中の道路沿いで新たに護岸工事を行なった場所があったので、そこから流されてきた土砂なのかもしれない。
それほど大きな工事でもないのに、これだけ大きな影響があることを目の当たりにすると、原生の自然を守ることの難しさを思い知らされてしまった。
車にカヌーを乗せ、再び幌鹿峠を越えて糠平へと向かう。昨日通った時よりも木々の紅葉が進んでいるような気がする。
相変わらず紅葉見物の車が多い。タウシュベツ川橋梁へと続く林道に入っても対向車が次々に走ってくるので、先の見えないカーブでは冷や冷やさせられる。
途中でノロノロと走るマイクロバスに追いついて、そのマイクロバスが対向車とすれ違えずに立ち往生してしまった。林道に不慣れなドライバーまで入ってくるので、路肩ギリギリまで車を寄せることもできずに、余計に混乱するのである。
ようやく橋梁近くの駐車場に到着。直ぐに車からカヌーを降ろし、それを水際まで運ぶ。
ここの駐車スペースは湖畔に隣接しているので、カヌーを出すのにはちょうど良い場所だ。
鏡のような湖面の糠平湖へと漕ぎ出す。周りの山々は、然別湖より紅葉は若干遅れているようだけれど、それでも秋の美しい風景を織り成している。
タウシュベツ川橋梁は例年ならば今時期になると殆ど水没してしまうのだけれど、今年は夏場に雨が少なかったのでダム湖の水位が上がるのも遅れているようで、まだアーチの部分が水上に現れていた。
前回ここを訪れた時は春先で水位の高い時期だったので、そのアーチ部分も殆ど隠れてしまっていたのだ。
そのアーチの一箇所をカヌーでくぐり抜けてみる。その様子を岸から見ていた観光客から歓声が上がった。こんなところで注目なんか浴びたくないので、慌てて沖まで逃げ出した。
夏場の渇水期ならばアーチ橋の全体が現れていてその周りを自由に歩けるようだけれど、今時期はカヌーがなければ岸からその様子を見るだけである。
カヌーならではの構図の写真を撮ろうとその周りを回っていると、いつの間にか湖面にさざ波が立ちはじめた。こうなるともう良い写真は取れそうに無い。
諦めて出艇場所まで戻ってくると同時に急に風が強まり、あっと言う間に湖面全体が波で覆われてしまった。
本当にギリギリのタイミングでカヌーを楽しめたようである。
糠平の温泉街まで戻り糠平館観光ホテルで風呂に入った。糠平の温泉は全旅館が源泉かけ流しとなっていて、とても素晴らしいお湯を楽しめる。
温泉から出てくるとちょうど昼の時間帯だったので、何処の店も混んでいる。ここでの食事は諦めて、カップ麺を買って然別湖まで戻った。
キャンプ場まで戻ってくると、湖側からの風が強まっていてかなり肌寒く感じる。昨日も全く同じで、糠平とここではかなり気候も違うようだ。
お隣のキャンパーは、昨日の後から来たほうの一組が既に帰ってしまっていて、そのテントが立っていた場所には、直火の焚き火跡と燃え残った薪がそのまま残されていた。
既にクローズした後のキャンプ場でこれをやってしまっては絶対にダメである。こんなことが重なると、糠平のキャンプ場のような措置がとられることになるのだ。
その後を片付けるような立派な気持ちは無いけれど、燃え残った薪はありがたくいただくことにする。
テントの中で寛いでいると、朝の4時から起きて動き回っているものだからさすがに眠たくなってきてしまった。でも、私達夫婦に昼寝の習慣は無く、もし昼寝をしてしまうと一日が全て終わってしまったような怠惰な感情に囚われてしまいそうなので、絶対に寝るわけにはいかない。
昨日もそうだったけれど、このキャンプ場は日中に湖からの南風が強く吹いてくるけれど、夕方になると止んでくる傾向にあるみたいだ。
我が家がここに泊まった時は、殆どがそんなパターンである。
そして今日も次第に風が止んできた。
糠平湖からよく乾いた流木を沢山拾ってきていたので、早めに焚き火を始める。それにしても糠平湖は流木の宝庫である。
もしも糠平に泊まっていたら、流木集めも楽しい遊びのメニューの一つに入っていたはずだ。
上空には次第に雲が広がり始め、確実に天気は下り坂へと向かっている。天気予報を確認すると深夜に雨が降り始めて午前中にはその雨もあがりそうな感じである。
そうなってくれたら、かなり理想的に今回のキャンプを締めくくれそうである。
最後の夜の焚き火をたっぷりと楽しんで、9時前には眠りに付いた。
テントを叩く雨音で目が覚めて、時計を見てみるとまだ10時を過ぎたばかりだった。予想より降り始めが早いけれど、その分雨が上がるのも早くなるかもしれない。そう思って再び眠りに付く。
その後も何度か目が覚めたけれど、雨音はずーっと続いている。時々、風の塊りがもの凄い音を出しながら森を震わせて通り過ぎていった。テントの中は真っ暗で何も見えないけれど、その風を周りの木々が遮ってくれているようで、テントは殆ど揺れていない。
やがてテントの中も明るくなってきたけれど、雨は止むどころかますます激しく降っている。テントの中に敷いてある銀マットに触れてみると、その表面がやたらに湿っている。テントの中もかなり湿度が高くなっているのだろう。
それ以上寝てられないので起き出すことにした。
この雨では身動きも取れないので、インナーテントだけを先に取り外して生活の場を広げることにする。吊り下げ式のインナーテントはこんな時に本当に便利である。
テントの中を片付け、最後に銀マットをめくると、その下がびしょ濡れになっていたのでビックリしてしまった。そしてインナーテントを取り外すと、その下には水溜りができていた。
これではテント中が湿っぽいのも当然である。
恐る恐るテントの外に出てみると、私の寝ていた辺りがちょうど雨水の流れる通り道になっていた。
テントを張るときにそれなりに注意はしていたつもりだったけれど、まさかここまで雨が降るとは思っていなかった。
テントの周りには松葉もびっしりと張り付き、もう見るからに悲惨な状況だ。
私が少しずつ荷物を片付けていると、かみさんも自分のテントから起き出してきて、この有様を見て驚いている。
ラジオの天気予報では道東の天気が回復するのは昼ごろになると話していたそうである。
さて、どうやって撤収しようかと呆然としていると、かみさんが「少し落ち着いて考えましょう」と言ってきた。
それもそうである、ジタバタしてもしょうがない。まずは何時もどおりに朝の洗顔から行動を開始することにした。
炊事場の中に避難する方法もあるかなと考えていたけれど、横殴りの雨でその中もずぶ濡れである。もしも雨に備えてタープを張っていたとしても、これでは何の役にもたっていなかっただろう。
テントに戻って朝食。昨日の夕食の残りのキムチ鍋に、五目御飯の残りで作ったおにぎりをそのまま放り込み、それを温めて食べる。これがとても美味しくて、腹が一杯になるとパワーも出てきた。
「よし!片付けるか!」
雨が降っていても、何時もの撤収作業と違うのは雨具を着ているか着ていないか程度の違いで、それほど大変な作業でもない。
最後にテントをたたんで、それを大きなビニール袋に入れて車の荷台に放り込んで作業完了。一番大変なのは、家に帰ってからこのテントを乾かさなければならないことである。
そうして、殆どのキャンパーがまだテントの外にも姿を現していない午前8時、我が家だけが早々とキャンプ場を後にした。
最後に雨にたたられたけれど、それも含めて我が家のこれまでの然別湖キャンプの中では今回が一番素晴らしいキャンプだった気がする。
札幌までは三国峠経由で帰ることにした。
糠平への幌鹿峠を越えるのはこれで5度目、すっかりお馴染みの道になってしまった。ここを初めて通った二日前よりも確実に木々の色付きが深まっている。
糠平を過ぎて三国峠を上っていくと全山がまっ黄色に染まっていた。どこかに車を停めてその風景をじっくりと楽しみたいけれど、駐車できるようなスペースが何処にも無いので、走りながら車の窓から眺めるしかない。
峠頂上の駐車場は観光バスが一杯で混雑していたので、そのまま通り過ぎる。
トンネルを抜けて上川町側に出ると、ようやく雨も止んできた。そしてこちら側の紅葉も目の覚めるような美しさだった。
路肩も広いので、所々で車を停めてはその風景をカメラに納める。
今年は夏以降、台風や発達した低気圧で大荒れになることも無く、山の木々は全く傷むことなく紅葉の季節を向かえた。
多分そのためだと思うのだけれど、今年の紅葉は一際鮮やかだ。
その後、こちらはまだ色付き始めといった感じの層雲峡の紅葉を楽しみながら、札幌には昼過ぎに到着。
庭にもう一度テントを張って、全面に張り付いている松葉を洗い流し、夕方には何とか乾いたテントを片付けることができた。
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