翌朝、目を覚まして時計を見るとまだ午前3時だった。
まだテントの中は薄暗いけれど、早起きの鳥達はもう朝のコーラスを始めている。こうなるとこちらも寝ていられない。
勇んで起きだしてみると、朱鞠内湖は濃い霧に包まれていた。
これはちょっと嬉しい状況である。湖を覆っていた霧が日の出と共に掻き消されていくその様子は、これまでにも何度かここで経験しており、とても美しい風景である。
朝の焚き火とコーヒーを味わいながらその瞬間を楽しみに待っていたけれど、一向に霧の晴れそうな気配が無い。朝食を済ませても、依然として朱鞠内湖は霧に包まれたままである。
既に太陽は高く昇っているはずだ。
その霧もやや薄くなってきたので、朱鞠内湖カヌーツーリングに出かけることにした。
微風が吹いているので、さざ波がたってしまい、楽しみにしていた鏡の湖面を曇らせているのがちょっと残念だ。
今日は、湖の西側の入り江の奥を探検しようと思っていたけれど、途中で気が変わって去年の夏にもそこで写真を撮っている例の枯木を見に行くことにした。
湖の中からにょきりと生える二股に分かれたその枯木は、朱鞠内湖のパンフレットに使われたこともあるくらいのとても印象的な風景を作っている。
湖の水位が下がるとそれが1本の木であることが分かるけれど、今回はかなり満水に近いくらいまで水位が上がっているので完全に別々の木のように見えている。
次第に湖面も凪いできて、枯木の姿がそっくりそのまま湖に映りこんでいるけれど、青空ではないのでその風景も今一である。
今度は別の枯れ木の方へと移動する。こちらは4本の朽ち果てた幹が水面から突き出ていた。水位が下がっている時は、この様な枯木がもっと沢山水中から伸び出ていて朱鞠内湖独特の風景を楽しめるが、今回のように水位が上がっている時は、北欧を思わせるような美しい湖の風景をそのものを楽しめる。
そのまま近くの島に上陸した。
その岸辺を少し歩いていみると朽ちた切り株や流木が累々と転がっている。面白い形をしたものが多く、流木マニアにはたまらない場所だろう。
かみさんが木石(珪化木)を見つけた。いわゆる樹木の化石である。
かなり以前にも朱鞠内湖でこの木石を拾ったことがあり、その後も朱鞠内湖を訪れるたびに木石を探しているのだけれど、それ以来再び木石に出会うことは無かった。
それが今回かみさんがたまたま見つけたものだから、私もその気になって探してみると直ぐにまた見つけることができた。
つい先ほどまでは形の面白い流木探しをしていたのに、今度はそれが木石探しに変わってしまった。木石以外にも変わった石が結構見つかる。
人造湖の中の島なので、他から流れてきたわけでも無いだろうし、この付近はもしかしたら特徴的な地質なのかもしれない。こんな時に地質学の知識がないのが残念である。
そんなことをしているうちに、しつこく空を覆っていた霧がいつの間にか消えて無くなり、真っ青な空が広がっていた。
新緑に色付いた朱鞠内の森の向こうには、まだ雪の残る天塩山地の山並みが見えている。本当にダム湖とは思えないような美しさである。
サイトへ戻る頃には気温も上がってきて、そろそろブヨも活動を始めていた。このまま湖畔で過ごしてもブヨが五月蠅いので、宇津内湖の方にある釜ヶ淵なるものを見に行くことにする。
ここは以前に見に行こうとしたことがあったけれど、そこまでの遊歩道が雨降り後でグチョグチョになっていて断念。まだ見ぬB級観光地として、私のこだわりの場所にもなっているところだ。
そこへ向かう途中、「ウドでも生えていないかな〜」と、キョロキョロ辺りを見回しながら車を走らせていた。
キャンプの帰りに朱鞠内で雑貨屋をやっているHoshibooさんのところに寄った時、この付近にも札幌ナンバーの車がやってきて周辺の山菜を根こそぎ採っていってしまうのだと、とても怒っていた。畑仕事をやっている時にそんな人間がのこのことやって来たら「よそ者は出てけ〜!」と大声で追い返すそうである。
釜ヶ淵へ向かう途中、軽自動車とすれ違った。「今の車って、Hoshibooさんの店の前に停まっていたのと同じ車じゃない?」
後で聞いてみたところ、畑仕事を終えてちょうど昼に家に帰る途中だったのだとか。そして、辺りをキョロキョロ見回しながら走っている札幌ナンバーの赤い車に気が付いて、すれ違う時「出てけ〜!」と怒鳴りつけたそうである。
その直ぐ先で、釜ヶ淵へ通じる道路は通行止めのゲートで封鎖されていた。またしても釜ヶ淵へはたどり着けずに終わってしまった。
B級観光地探検を諦めて、和寒町の日向温泉に入りに行く。
この温泉の道路を挟んだ向かい側に日向森林公園キャンプ場がある。一昨年の秋に、ここに穴場キャンプ場的な臭いを感じて泊まりに来たことがあったが、芝生はジメジメしているし、テントを張れそうな平らな場所が何処にもなくて、そのまま引き返したことがある。
改めてこのキャンプ場の中を歩いてみたけれど、場内の木立の新緑も美しく、その木立の間からは名寄盆地の田園地帯の風景も見下ろせ、結構快適である。しかし如何せん平らな場所が無く、そもそもここをキャンプ場にするのには無理があるような気がする。
日向温泉の方は、中に入った途端、強力な塩素臭に思わず後ずさりしてしまった。まあ入浴料が300円で、汗を流すだけと考えれば別に不満も無い。
後で調べてみたら、源泉温度が11度で湧出量も少なく循環ろ過しているとなっていたが、こちらの方も温泉に指定するのに無理があるような気がする。
買い物を済ませた後は、キャンプ場でのんびりと寛ぐことにする。
そもそも今回は連泊キャンプなので、何時ものようにせわしなく動き回らずに、キャンプ場にじっくりと腰を据えたままで過ごそうと考えていたのである。
しばらくすると突然一人の男性が我が家のサイトまでやって来て、驚いたフウマが激しく吠え立てた。掲示板などを通じて親しくしてもらっている「北海道酔狂キャンパー西東」の直人さんだった。
直人さんは以前、私がカヌークラブのキャンプでモーラップにいる時にわざわざ訪ねてきてくれたことがあったけれど、この様にお互いにキャンプ目的で遭遇するのは始めてである。
お互いにいつも似たような場所に出かけているので、これまで遇わなかったことの方が不思議かもしれない。
夜に一緒に焚き火をすることにして、それまでは時々カヌーに乗ったりしながら気ままな時間を過ごす。寝不足とカヌー疲れで、私にしては珍しくイスの上でうとうとしてしまった。何時ものせっかちキャンプでは、サイトで昼寝するなんてあり得ない話しなのだ。
夕食を済ませた後は焚き火を始める。昨夜は水際ギリギリで焚き火をしたけれど、今夜は直人さん夫婦が一緒なので、上の方のサイトに焚き火台をセットした。
場所が少し変わるだけで、周りの風景がガラリと違って見える。複雑な地形のおかげで、それぞれのサイトにそれぞれのロケーションの存在するところが朱鞠内湖キャンプ場の奥深さである。
辺りが暗くなる頃、直人さん夫婦が小川のキャンプチェアを抱えてやってきた。
最近は、私達がそうなものだから、夫婦キャンパーと一緒になる機会が多い。友人同士のキャンプやファミリーでのキャンプとは一味違う夫婦キャンプ。同じ夫婦キャンプでもそれぞれの個性は全く違う。でも、夫婦ならではのそれぞれの阿吽の呼吸が存在して、本当にリラックスしてキャンプを楽しんでいるのが夫婦キャンプの特徴だろう。
直人さんのところもそんな夫婦キャンパーである。酒豪の直人さんは1リットルの焼酎の入ったボトルを小脇に抱え、飲むほどに気持ち良さそうになってくる。奥さんは全然アルコールを飲まないようだけれど、それでいて二人とも何とも楽しそうだ。
それに釣られてこちらもリラックスして、夫婦でちびりちびりとワインを飲む。キャンプの話しなどで盛り上がっているうちにあっと言う間に時間は10時を過ぎていた。
第3サイトには我が家と直人さん夫婦だけ、第2サイトの方は週末だけあってかなりのテントで賑わっていたけれど、既にその時間にはしんと静まりかえり灯りもほとんど見えない。
焚き火用の薪はまだ大量に残っていたけれど、そこでお開きにして、今日も我が家としては大いに夜更かしとなる午後10時半に就寝。
さすがに翌朝は午前5時過ぎまで寝てしまった。
こんな時に限って、素晴らしい青空と鏡のような湖面が広がっているのが皮肉である。
慌てて顔を洗って、直ぐにカヌーで漕ぎ出した。朝のコーヒーセットも、しっかりと積み込んである。湖の北側の方だけはまだ朝霧にかすんで見えているが、私達の頭上には青空が広がり、既に高度を上げている朝の太陽から強烈な陽射しが頭の上に降ってくる感じだ。
島陰にカヌーを浮かべて、コーヒーを沸かす。アリーの時もこうやって舟の上でコーヒーを沸かしたことがあるけれど、リジット艇のカナディアンは安定しているし、中で火を使っても全然安心できる。
舟を乗り換えて、ようやくカナディアンカヌーらしい楽しみ方ができるようになった。かみさんなどは、ガンネルに乗せるテーブルも有った方が良いわよねと言い出す始末だ。
電動の船外機を付けた釣り人の舟が、鏡の湖面の中を静かに移動していく。今朝カヌーで漕ぎ出す時も、第2サイトや湖畔の駐車場前には釣り人がずらりと並んで竿を振っていた。
今回我が家がテントを張った第3サイトの湖畔部分は、朝も明けきらぬうちから釣り人の車が侵入してきて、砂利をタイヤで引掻く音が直ぐ枕元で聞こえるものだから、とても寝ていられないと言う欠点がある。
ところが昨日も今朝も、そんな騒音で目が覚めることも無かった。
釣り人のマナーが良くなってきたのか、第2サイトと第3サイトで釣り人と一般キャンパーの棲み分けができてきたのか、いずれにせよ嬉しいことである。
船上のコーヒータイムを楽しんだ後は、昨日の二股の枯木のところまで行ってみる。やっぱり曇り空と青空ではその印象が全然違う。おまけに今朝は鏡の湖面が湖全体に広がっているのだ。
突然、その枯木の先端に一羽の鳥が止まった。ちょうど枯木から離れていたので鳥の種類までは分からないが、結構大きめの鳥で、その枯木に止まった様子が素晴らしく絵になっている。
そーっとカヌーを近づけながら、背景との構図がピタリと納まる位置まで移動し、良しここだ!と思った瞬間、パドルを置いた音に驚いてその鳥は飛び立ってしまった。
「この様子を写真に写せたら、今年の幌加内フォトコンテストの最優秀賞はいただき!」と思っていただけに、鳥と一緒に賞も逃げて行ったような気分だった。
素晴らしい朱鞠内湖の風景を満喫してサイトまで戻る。
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