広尾キャンプ場の周辺では、時期になるとオオバナノエンレイソウが群落を作って咲いているとの話しを聞いた事があり、機会があれば是非訪れてみようと以前から考えていた。
それに加えて、同じ広尾町に太四郎の森と言う個人で整備している森があって、そこのオオバナノエンレイソウも素晴らしいとの情報を新たに知ることとなり、これはいよいよ考えているだけでなくて行動に移さなくてはと思い立ったのである。
雪解け直後に林床で花を咲かせる、スプリングエフェメラルとも呼ばれる春の野の花が私は大好きで、これまでもカタクリやエゾエンゴサクなどの咲き乱れる風景を求めて道内各地に足を伸ばしていた。
ところが、それらの花が終わった後に咲き始めるオオバナノエンレイソウについては、数株がひっそりと咲いている姿は見たことがあるものの、群落を作って咲いている光景にはこれまで一度もお目にかかったことが無かったので、とても今回のキャンプを楽しみにしていた。
それなので、週末が雨の予報になっていても何時ものように気分が落ち込むことも無い。かえって、雨の方が花もしっとりと落ち着いて見えるだろうと、好ましく思えるほどだった。
そうして曇り空の札幌を出発。
雨の方が良いとは良いながら、行く先に低く垂れ込める暗い雲を見ていると、気持ちはなかなか盛り上がってこない。
それが、最初の目的地である判官館森林公園に到着してそこの風景を見た瞬間、気分だけは一気に晴れ上がった。
この公園内にあるキャンプ場にはカタクリの咲く時期に泊まったことがあり、その時の美しさに感動して季節限定のベストワンキャンプ場としてホームページで紹介したこともある。
公園内の車道を登っていくと、周りの木々の下でオオバナノエンレイソウが花を咲かせている様子が早速目に入ってきた。
まずはキャンプ場周辺から見ることにして、駐車場に車を停めて野鳥達の賑やかなさえずりを聞きながらバンガロー横の坂道を登っていく。
そして坂を登りつめ、そこに広がるキャンプ場の風景を目にした瞬間、今回のキャンプでこの後何度も発することになる「おーっ!」と言う感動の第一声を発したのである。
オオバナノエンレイソウとニリンソウがびっしりと花を咲かせ、サイトの周りが白一色に染まっているのだ。
こんなに美しく花に囲まれたテントサイトと言うものを私は他で見たことが無い。ここにテントを張れば極上のキャンプを楽しめるのは確実だ。
しかし残念ながらこのキャンプ場は今回の目的地では無くて、ついでに立ち寄っただけの場所なのである。
ここ数日続いた雨に打たれてオオバナノエンレイソウの花は少し痛んでいたが、それが気になるのは花のクローズアップ写真を撮ろうとする時くらいだ。
カタクリもたまに咲いてはいるが、ほとんどが既に散ってしまっていた。
カタクリが咲いている時も素晴らしい風景だったけれど、オオバナノエンレイソウの花のほうが大きくて目立つので、その群生する様子は圧倒的でもある。
そんな花の風景を楽しみながら園内をぐるりと一回りして、後ろ髪を引かれるような思いでキャンプ場を後にし、日高路を更に襟裳方面に向かって車を走らせた。
浦河町でちょうど昼になったので、国道沿いの和食海鮮処金水と言う食堂に入った。
浦河町での昼食ならば、久しぶりにサフランドールのオムライスを食べたかったけれど、かみさんが「夜はカレーだから昼は和食の方が良い」というので、あらかじめネットで調べてこの店に狙いを付けていたのだ。
ネットの情報が無ければ、とても通りすがりで入ってみようと言う気にはなれないような店の外観である。戸を開けて中に入ると、いきなり鮮魚が並べられた陳列ケースが目に入ってビックリしてしまう。入り口を間違えたのかと焦ってしまったけれど、店の人が2階ですよと言ってくれたので、その横に階段があることに気が付いた。
そう言えばここは魚屋が経営する食堂なのである。陳列ケースの中の魚やつぶ貝は如何にも新鮮そうなので、店の選択に間違いは無かったようだと安心する。
ネットの情報によると、この店ではうに丼や海鮮丼の評判が良いみたいだけれど、私達はお勧めメニューとして壁に書いてあったカレイの煮付け定食とつぶ刺し定食を注文。これが結構美味しかった。
満足して店を出ようとしたとき、別の客が注文した海鮮丼が運ばれてきたのを目撃。丼から半分はみ出すように盛り付けられた刺し身に視線が釘付けとなり、次にくるときはこれを注文しようと心に決めたのである。
店に入る時にポツポツと降り始めた雨は、出る頃にはいよいよ本降りとなって道路を濡らしていた。
次の目的地は様似町の観音山。オオバナノエンレイソウについてネットで検索している時に、偶然知ったスプリングエフェメラルの咲くスポットである。
市街地の直ぐ裏に聳える標高101mの小高い山が観音山である。
看板が有るわけでもな、地図を頼りに山の周りをぐるりと回っていると、ようやく山の上へ通じていそうな道を見つけた。
その入り口付近の林の中にオオバナノエンレイソウが咲いていたけれど、登っていく途中では花の姿も見られない。もしかしたらここは外れかも知れないと心配になってくる。
しかし、坂を上りきったところに如何にも由緒のありそうなカシワの老樹が枝を広げているのを見て、巨木好きの私としてはちょっと嬉しくなった。
そしてそのカシワの老樹が、花の世界へ通じる門の代わりをしていたのである。
雨に霞んだ新緑の森とその林床を白く染めるように咲いているオオバナノエンレイソウ、幽玄郷とはこんな場所なのかと思えてしまう。
「おーっ!」と、この日2回めの感動の叫びを上げた。
傘を差して長靴に履き替えて、その中を見て歩く。
判官館では見られなかったシラネアオイの淡い青紫色の花が、所々でアクセントのように咲いている。これも私の好きな花なので喜び勇んでカメラを向けるけれど、雨に打たれてどの花もうつむいてしまっているのが残念だ。
一方オオバナノエンレイソウの方は、雨に濡れながらも、そのおかげで余計に生き生きとして見える。判官館の花が少し痛み始めていたことから考えると、こちらの方が開花時期がやや遅いのかもしれない。
その他にもまだつぼみの状態のオオアマドコロが沢山生えていたりと、面積こそ小さいものの、観音山の方が植生が豊かなようだ。
そこには展望台もあり、親子岩や様似港が一望できる。天気が良ければ素晴らしい展望を楽しめそうなところである
港の外海に突き出しているエンルム岬にも頂上まで遊歩道が続いているようであり、そこからの展望も素晴らしそうだ。
様似町には高山植物が豊富なアポイ岳もあり、一度じっくりと時間をかけて訪れてみたい町である。
様似を出て次に向かうのは広尾町野塚。襟裳岬には寄らずに、えりも町市街からそのまま国道を走って十勝へと入る。途中から雨も上がり、海岸沿いの黄金道路を走っていると沖の方の空が明るくなってきているのが分かる。もっとも、今日の雨雲は山側から流れてくるので、海のほうが明るくても何の気休めにもならない。
実は数日前の北海道新聞に、「広尾町野塚にある日本一のオオバナノエンレイソウの群落がちょうど花の見頃を迎えている」との記事が写真入で大きく掲載されてしまっていた。
これでは観光客がドッと押しかけてきそうで、静かに花を楽しもうと考えていた私には非常に迷惑な記事だったのである。
今回のキャンプはこの群生地に隣接する広尾キャンプ場を予定していた。正式なオープンは6月からになっているけれど、近くに開いているトイレさえ見つかればキャンプするのは可能である。
国道から広尾キャンプ場の看板に従って道を曲がると、その付近の林の中はもうオオバナノエンレイソウの大群落となっていて、一面に白い花が咲き乱れている。
さすがに3ヶ所目となると、そんな風景にも見慣れてきたので叫び声を上げることも無く、まずはキャンプの必須条件である開いているトイレを探すことにした。
その群落のある林の奥のほうがキャンプ場となっているので、まずはそちらに向かってみたが当然そこのトイレは閉まったままだ。
キャンプ場に隣接して水族館もあるのだけれど、ここは入園者数の低迷から2年前に閉鎖されてしまい、その近くの公衆トイレも扉が堅く閉ざされていた。
そこからやや離れたところに大きな建物があるが、そこも現在は使われていないようで、周辺一体は廃墟の様相を呈している。
オオバナノエンレイソウを見に来ているような人の姿も無く、暗い空も相まって、独特の寂しさが漂っていた。もっとも、こんな寂しい雰囲気を私は嫌いではない。開いているトイレさえあれば、喜んでテントを張るところだ。
その大きな建物の近くにもトイレがあり、薄汚れた汲み取り式トイレだけれど、一応は使えるようになっていたが、キャンプ場から歩いてくるには少し遠すぎる。
ここでのキャンプは素直に諦め、花だけを楽しんでから別のキャンプ場へ移動することにした。
車をキャンプ場の中に停めてそこから林内を歩く。何処までがテントサイトで何処からが群生地なのかはっきりと分からない。一応はロープで囲って通路部分を区分しているけれど、その通路には車でそのまま入って行くこともできてしまう。
せせこましい都会で暮らしているとこんなことが奇異に感じてしまうけれど、こんな大雑把な管理方法で何の問題も起こらないところが地方の良いところでもある。
ここではオオバナノエンレイソウの白に混じって、紫色のエゾオオサクラソウが群落を作っていて、その色の対比の美しさに「おーっ!」と、今日3度目の感嘆の声を上げた。
所々にカタクリの群落もある。花が全て閉じてしまっているのでもう盛りは過ぎたのかと思ったけれど、太陽の光さえ浴びればまだ花は開くようである。(翌日、太四郎の森のオーナーに聞いた話)
それにしても見渡す限りのオオバナノエンレイソウ群落であり、さすが日本一の群生地と言われるだけのことはある。
今日一日で一生分以上のオオバナノエンレイソウを見たような気分だ。
自分自身、道内の様々な場所へ出かけている方だと思っているけれど、それなのにこれまでオオバナノエンレイソウのこんな群落に出会えなかったことが不思議な気がする。今日のこれまでのことを思えば今時期ならば何処へ行ってもこんな風景が見られるものだと錯覚してしまいそうだが、もしかしたら道内に残された数少ない群生地をまとめて3ヶ所回ったのかもしれない。
そしてごく短い花の時期、それに狙いを定めて出かけるようにしないと、簡単にはこんな風景にお目にかかることができないのだろう。
オオバナノエンレイソウ群落の隣にテントを張りたかったな〜と、またしても後ろ髪を引かれる思いでキャンプ場を後にして、最後に向かったのは歴舟川のカムイコタン公園キャンプ場である。
ここも今年からオープンが7月からと遅くなってしまったが、道路沿いにある公衆トイレが開いているので、何とかキャンプをすることは可能である。
オープン前のキャンプ場なので先客がいるはずも無い。川原サイトへ降りる道には大きな枯れ枝が落ちていたりして、管理も全くなされていないようだ。
今年のこのキャンプ場の開設期間は7、8月の2ヶ月のみ。これだけの素晴らしい環境と施設がありながら、もっともキャンプを楽しめる季節に閉鎖されたままと言うのは、とんでもなく無駄な話しである。
こんなことをしていたら、キャンプ=夏のどんちゃん騒ぎと言う風潮がますます強まり、それに伴ってキャンパーの質も低下し、もしもキャンプ文化と言うものが存在するとしたらそれがほとんど崩壊してしまうかもしれない。そんなことまで考えてしまうのである。
今回は川原サイトの一番上流側にテントを張ってみた。
GWの緑とロックの広場で強風で壊れてしまった我が家のソレアードだけれど、その後フレームを一式譲ってもらうことができて、今回見事に復活を遂げたのである。
しかし、その新しいフレームでテントを設営している最中に、かみさんが「随分このテントも色褪せたわね〜」とポツリとつぶやいた。
確かに言われてみれば、青い色がかなりくすんできている。でも、フレーム一式を譲ってくれた方のご好意に応えるためにも、まだまだこれからもソレアードには現役で活躍してもらわないと困るのである。
テントを張り終えてしばらくすると、ポツポツと雨が落ちてきて、それは直ぐに本格的な降りに変わった。
歴舟川は笹にごりでやや増水気味だ。対岸の山肌は淡い新緑に彩られ、桜の花も咲いている。
テントの中で雨を避けながらそんな風景を楽しむ。
ここでもサイトの横でオオバナノエンレイソウやカタクリが花を咲かせていた。この付近の森は、笹さえ刈っていれば、何処でもこんな春の草花が花を咲かせるようになるのかもしれない。
夕食は家から持ってきたカレーで簡単に済ませ、その後はチーズフォンデューを作り雨音と川のせせらぎをBGMにワインで乾杯。
明日が晴れることを願いながら眠りに付いた。
夜中に何度か目が覚めるが、テントを叩く雨音はずーっと続いていた。
野鳥の賑やかなさえずりで朝を向かえる。それでもまだ雨音は止まない。
「これでは早起きしてもしょうがないな〜」と、シュラフの中でまどろんでいたら、かみさんが先にしびれを切らして起きだした。少しは雨も小降りになったようなので、私も起きることにする。
テントの中で朝のコーヒーを飲んでいると雨もようやくあがり、するとかみさんが「川原で焚き火をしましょう」と言い出した。
雨が続いていたので現地で乾いた薪を手に入れるのは無理だろうと考え、車の中には家から持ってきた薪が大量に積んである。少しはこの薪を消費しないと、いたずらに車の燃費を悪くするだけである。
ようやく何時もの我が家らしいキャンプの時間が戻ってきた感じだ。
フウマは最近、焚き火の爆ぜる音に異常に怯えるようになり、すっかり焚き火嫌いになってしまった。それでも、私達が何か食べるのを見逃さないようにと、テントの横からじっと監視しているのが何とも可笑しい。
今日は10時に太四郎の森を見せてもらうことで予約してあるので、それまでにテントを乾かすことができそうだ。
その間に、かみさんの希望によりヌビナイ川を見に行くことにした。
雨に濡れてますますその美しさを増した新緑の風景を楽しみながら上流部へと車を走らせる。
ヌビナイ川に架かるけいせき橋までやって来て、その橋の上からの風景を見た瞬間、思わず今日最初の「お〜っ!」の声を上げてしまった。
何時来てもこの橋の上から見るヌビナイ川の美しさに感動するのだけれど、今回の新緑と桜の花に彩られたその風景はこれまで見た中でも最高の美しさである。
途中の崖の上から見た河畔のカラマツ林の新緑も目に眩しい。やや増水気味なのに、水の透明度も何時もと変わらない。
来年は絶対にこの時期のヌビナイ川をカヌーで下ろうと心に決めて、今日はとりあえずキャンプ場へ戻ることにする。
またポツポツと雨が落ちてきたので、大急ぎでテントを片付けて、キャンプ場を後にした。
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