GWのキャンプは何処へ行こうか。
なかなか行き先が決まらないのは我が家の何時ものパターンで、明日からGWが始まるという金曜日、11時発表の天気予報を見てようやく行き先を道南の緑とロックの広場に決定した。
心配していた天気も申し分なく、一日の仕事を終えてルンルン気分で家に飛んで帰り、かみさんに「明日から道南に行くことにしたから!」と報告する。
「えっ?!明日からって、急にそんなこと言われても・・・」
「えっ?!」と言いたいのはこちらの方である。
1週間以上も前から色々と思い悩み続け、当然かみさんも私の悩みを自分のことのように共有してくれているはずで、その悩みがめでたく解決したのだから、「貴方!良かったわね!私も大賛成よ!」と言ってくれるものだと信じ込んでいたのに、返ってきた言葉が「そんな話し、聞いてないわよ!」である。
永年連れ添ってきた夫婦であっても、お互いに心を通じ合うためには会話が必要であると言う事実を、改めて思い知らされたのであった。
GWの道南は混雑しているイメージがあって、これまでは敬遠していたのだけれど、今年は4月に入ってからも寒い日が続き、何となく暖かい土地へ行きたいような気分になっていた。
冬の間はずーっと雪山で遊んでいたので、そろそろ春の風景が恋しくなってきたのである。
GW前半ならばまだ行楽客も少なく、まして緑とロックの広場ならばキャンパーもほとんどいないだろう。もしかしたら何処かで桜が咲いているかもしれない。
そんなことを考えながら南へ向かって車を走らせた。
ところがこの時期、たとえ道南と言えども春の気配は何処にも見当たらない。山の木々は丸裸のままで、少し高い山はまだ雪化粧をしたままだ。何時も道南らしさを感じさせてくれる杉林も、寒々とした風景の中の黒い染みにしか見えない。
その風景をもっと寒々としたものに演出してくれるのが、南へ向かうに従って強くなってくる風である。
去年のGWも風が強く、道北の海岸で全道一悲惨なキャンプをする羽目になったし、一昨年のGWに道東へ出かけたときも、十勝では強風が吹き荒れて畑から舞い上がる土ぼこりで日高山脈が霞んで見えるような有様だった。
春風と言う言葉があるけれど、これは春先の穏やかな風を意味するもので、北海道でこの時期に吹く風はとても春風とは言い難い。
八雲町付近で昼になったので、国道沿いでたまたま見かけた「Piatto」と言うスパゲティ屋に入った。偶然入った店にしては美味しいスパゲティだったので、かみさんは満足そうである。
何しろ、前日まで行き先が決まっていなかったものだから、食べ物屋などのリサーチは全くしていなかったのだ。
その後は「ヤクモ飲料の湧水」でポリタンクに水を満たす。キャンプ場がまだオープンしていないことも考えられるので、一応はその時の備えもしておかねばならない。
やがて正面の海の向こうにまだ雪の残る駒ケ岳の姿が見えてきた。
何時ものことながら、その姿を見ると道南へやってきたと言う実感が湧いてくる。
時々その駒ケ岳の姿が、陸地から舞い上がる土ぼこりによって霞んでしまい、この先のことを思うと憂鬱になってしまう。
そんな憂鬱を名湯のお湯で洗い流そうと向かったのが、銀婚湯温泉である。
去年の秋に道南を回った時も、行く先々で温泉に入ったけれど、名湯が多い道南はキャンプの他に温泉巡りの楽しさもある。
以前はそれほど温泉には興味がなかった我が家だけれど、最近は次第にキャンプと温泉をセットで楽しむことが増えてきた。
でも、どちらかと言うと二人ともカラスの行水でじっくりと湯に浸かっていられないタイプなものだから、せっかくの名湯が勿体ない気もする。
銀婚湯温泉旅館はその泉質もさることながら、宿の対応が良いことでも評判である。
考えてみれば私達夫婦も今年が銀婚になる。かみさんもここが気に入ったようで、今年はもう一度この銀婚湯に来ることになりそうだ。
温泉でまったりとした後は、いよいよ緑とロックの広場へと向かう。
銀婚湯から一旦海岸線を通る国道まで戻り、森町から再び山の中へと車を走らせる。
山の中に入れば風も弱まるだろうとの淡い希望を抱いていたが、沿道の樹木が風に吹かれて大きく揺れる様子が目に入るばかりである。
キャンプ場へ降りる道へと入った。「果たして先客はいるだろうか」とドキドキしながら車を進ませたが、いくらGWと言えども今時期のこんな風の強い日に他のキャンパーが居るわけは無かった。
これで、好きな場所に自由にテントを張ることができる。
と言っても、我が家が気に入ってる川沿いの部分にはテントを張れそうな平らな場所は2箇所しか無いのである。
その隣は広大な芝生の広場となっていて、そちらならば何処でも自由にテントを張れるのだけれど、やっぱり川と樹木に近い場所が落ち着けるのだ。
その僅か2箇所の選択でかみさんと意見が分かれてしまった。
かみさんが選んだのは橋を渡って直ぐの場所で、私の選んだ場所はもう少し奥の方で3年前にここに泊まった時にテントを張ったのと同じところである。
なかなか意見が一致しなかったが、最後に選択の決め手になったのは風当たりの強弱である。
「ほら、こっちの方が風が弱いでしょ!」
お互いの場所はそれほど離れていないのに、確かにかみさんの選んだサイトの方が微妙に風が弱い。たまたまその時だけの状態なような気もしたけれど、ここは素直にかみさんの意見に従うことにする。
今回は何時もの小川テントソレアードの他に、かみさん用の小さなテントも持ってきていた。最近はこの様な別居キャンプが徐々に我が家のキャンプスタイルとして定着してきているのだ。
かみさんはもっと小さなソロ用テントを欲しがっているし、食事等の時に一緒に使うテントも、できればソレアードよりもう少し小さなテントが欲しいところだ。
2年前に買ったヨーレイカのテントがその目的には合っているのだけれど、今一使い勝手が悪い。
この別居キャンプのスタイルをもう少し続けていけば、それに合ったテントや道具類がはっきりしてくるのだろう。
テントを張り終えた後は焚き火用の薪集めをする。サイトの前に焚き火跡が残っているので、今夜は直火の焚き火を楽しめそうだ。
日が西に傾いてくると、ここのキャンプ場の名前の由来でもあるサイトの隣にそびえる柱状節理の岩肌が、その光を浴びて赤く染まりはじめる。その上空に浮かぶ雲が、ものすごい速さで流れていく。
今日の夕食メニューはオーソドックスに焼肉。
風が強いので炭を熾すのも簡単である。うちわで扇がなくても、外に置いておくだけで風に吹かれて炭が熾きてくるのだ。
安物の炭を使っているものだから、時々大きな音を立てて破裂する。
去年の夏、美笛キャンプ場で打ち上げ花火の音に驚かされたフウマは、それ以来この様な音にますます敏感になってしまい、何処かへ逃げ出そうと落ち着きが無くなってしまう。
可哀相なのでしばらく車の中に避難させておくことにした。
風がますます強くなってくる。
ふと気が付くと、キャンプ道具入れの蓋が無くなっていた。強風に吹かれて何処かへ飛んでいってしまったらしい。
その飛んで行った先は明白である。サイトの直ぐ隣を流れる雪解け水で増水した鳥崎川に、道具入れの蓋は飲み込まれてしまったのだろう。
これだけ風が強くては網に乗せた肉も飛んでいってしまうので、テントの中で焼肉をするしかない。しかし、安物炭が破裂するのでバーベキューコンロをテントの中に入れるわけにもいかない。
風に吹かれて火の粉を上げながらどんどん小さくなっていく炭を、テントの中から呆然と見続けるしかなかった。
その炭が熾になる頃には火の粉も飛ばなくなったので、ようやくテントの中に入れることができた。
時折吹き付ける突風にテントが大きく歪むので、テントのフレームを片方の手で押さえながら、もう片方の手で焼肉を食べるような有様である。
去年のGWの日本海キャンプも大変だったけれども、今回のキャンプもそれに匹敵する大変さだ。
その後も風は強まる一方だ。時々、張り綱を留めているペグが抜けてしまうので、その度にペグを打ち直す。
下の方に固い石の層があって、プラスチックペグだとなかなか頭まで刺さってくれない。金属製の頑丈なペグはタープとセットで保管しているので、今回は持ってきていなかった。
苦労しながらも全てのペグをしっかりと打ち込むことができたので、これ以上風が強くならない限りは何とか朝までは持ちこたえられるだろう。
そうは思っても、山の上から転がり落ちてくるような突風が吹きつけるたびに、テントが信じられないくらいに歪むので、とても安心はできない。
かみさんが「テントをたたんで車の中で寝た方が良いんじゃない。」と言ってきたが、「もしもこの風でテントが潰れたとしてもしょうがないだろう。その時に他のものが吹き飛ばされないようにだけ注意しておこう。」と、私はいたってのん気に構えていた。
多分この時の心境は、先に書いたようにソレアードの次のテントのことが私の頭の中に浮かんでいたことに影響されていたのかもしれない。
大きく歪むソレアードに比べてかみさんの小さなドーム型テントは、張り綱が弛んでいるのにビクともしていない。
それぞれのテントに分かれて寝ることにしたが、風の音がうるさく、次の朝まで長い夜を過ごすことになりそうだった。
轟々と吹きすさぶ風の音、テントがバタバタとはためく音、それに混じって物悲しい笛を吹くような音が聞こえてきた。
その音が遠ざかっていったり近づいてきたりするように聞こえてくる。ちょっと怖くなって、シュラフの中に頭までもぐりこんだ。
翌朝、かみさんにその話をすると、それはトラツグミの鳴き声よと笑われてしまった。
突然バタバタと音がし始めたので外を見てみると、前室入り口部のファスナーが開いている。そこを留めていたペグが抜けてしまったのだ。
それを打ち直して再びシュラフに潜り込む。しばらくするとまた同じような音が聞こえてくる。今度は反対側のファスナーが全開になっていた。
それまで前室で寝ていたフウマも、堪らずにテントの外に出てしまっていた。可哀相なので、インナーテントの中に入れてやったが、その狭い空間が大きく揺れるのものだから余計に怖がってしまう。
しょうがないのでフウマを車の中に避難させた。
もう一度ペグをしっかりと打ち直し、これで何とか朝まで寝られるかもしれない。
そう思ってシュラフに潜り込むが、風はますます強まるばかりである。さすがにもう限界かなと思えてきた。
その時である。「もうダメ〜!」と叫ぶかみさんの声が聞こえてきた。
慌ててテントから出てみると、かみさんは周りのペグが全て抜けてしまったテントを必死になって押さえつけているところだった。
ペグが抜けたのでもうダメだと思い、こちらに避難するために自分のテントをたたもうとしているらしい。
冗談ではない。先に潰れるとしたら私の寝ているテントのほうである。
かみさんにそのままテントを押さえさせておいて、全てのペグを地面にめり込むまでしっかりと打ち込む。これでたとえ風速30mを超えたとしても、こちらのテントは持ちこたえられるだろう。
問題はソレアードの方だった。この際、かみさんのちびテントに私が避難した方が正解だと思われる。
そうして、暴風が吹き荒れる中でのソレアード撤収作業に取り掛かった。
まずはテントの中のものを飛ばされないように全て車の中に運び込み、次にインナーテントの取り外しにかかる。
ソレアードの場合、このインナーテントがフレームに吊り下げられる構造なのだけれど、これがフレーム全体に適度なテンションを加える結果になっていたらしい。
このインナーテントを取り外したところ、風に吹かれた時の歪みが更に大きくなってきた。早くフライシートを外さなくては。そこへ吹き付けてきた一陣の暴風。
まだ張り綱を付けてあるのに、屋根が地面にくっつくかと思えるほどにテントが大きく歪む。。
「何だか変な音がしたわよ!」
中に入ってみるとポールが1本折れてしまっていたが、ショックを感じているような暇も無い。無我夢中で撤収作業を進め、ようやく全てを片付け終えた時は深夜の2時になっていた。
そうして残された小さなテントの中で二人で朝を迎えたが、かみさんは結局一睡もできなかったようである。
朝になっても相変わらず風は吹き続けていた。
車から出てきたフウマは、昨夜までそこにあったはずの自分の家が無くなっているので、困ったような表情をしている。
それでも小さな方のテントが残っているので、今度はそれが自分の家だと思ったらしく、その前に所在無げに座り込んだ。その表情が如何にも悲しそうに見えるので可笑しくなってしまう。
朝のコーヒーを入れるにも、風を避けてその小さなテントの中で入れなければならない。
シュラフを片付けて、調味料入れの小さな箱をテーブル代わりにして、朝のコーヒーを飲む。
今まで住んでいた2LDKのマンションが災害で壊れてしまって、3畳1間の仮設住宅に避難してきたような気分である。
食事をするときは布団をたたんで、その空いたその場所に今度はちゃぶ台を出すのだ。
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