本来ならば先週に出かけているはずだったニセコでの雪中キャンプ。
それが、温泉旅行と言う何とも軟弱な目的のために延期させられる羽目になってしまったのだが、これがかえって幸いした。
土曜日の夜に用事が入っているので、キャンプへ行くとしたら金曜日から出かけるしかない。その金曜日の天気予報がピカピカの晴れマークになっていたのである。土曜日も晴れのち曇りで問題なし。
ただ、先週の金曜日も温泉旅行のために仕事を休んでいたので、2週連続の金曜日休みとなるさすがに気が引けてしまう。
それでも勇気を振り絞って「天気が良いので明日は休みま〜す」と宣言すると、職場の同僚は引きつったような笑みを浮かべて、それを快く了承してくれたのである。
ニセコでの野営地は五色温泉付近を考えていた。その場所はニセコアンヌプリとイワオヌプリに挟まれ、山岳キャンプの気分を手軽に楽しめるところである。
そこにテントを張るのは初めてなのだけれど、テントサイトからの素晴らしい山の景観をはっきりと頭の中に思い浮かべることができる。
キャンプの他にも、山スキーでイワオヌプリに登り、そこからの真っ白なニセコの山々の景色を楽しんで、五色温泉か雪秩父の温泉で汗を流して・・・。
できれば夜は、星空よりも月明かりの方が魅力的である。満月に照らされた真っ白な山の姿、考えただけで嬉しくなってくる。
残念ながらこの日は満月から3日ほど過ぎて、月の出の時間も遅くなっているので、そちらの方はあまり期待できない。これがあったので、できれば先週にキャンプをしたかったのである。
ワクワクしながら当日の朝を向かえた。
ところが、朝の天気予報を見て愕然としてしまった。昨夜まであれほどの晴れマークを付けておきながら、それが今朝になって突然、雲マークどころか雨マークまで出てきているのだ。
おまけに翌日は朝から曇りだという。
今回ほど天気予報の好い加減さに腹を立てたことは無かった。私だって、昨日のひまわりの雲画像を見て「これで明日は本当に晴れるのかな」と思っていたくらいなのだから、どうして気象予報士たるものがそんな予報を出すのだろう。
まあ、そんなことで怒っていてもしょうがないし、朝はまだ青空が広がっていたので、天気が崩れないうちにと予定よりも早く自宅を出発した。
まずは羊蹄山の湧水に立ち寄って、キャンプ用の水をペットボトルに確保する。
雪中キャンプでは、コーヒーを入れるのと歯を磨く時くらいしか水は使わないのだけれど、せっかくだから僅かな部分だけでも贅沢を楽しみたい。
その後は何処かで昼食を食べようと、適当な店を探しながら走っていると、アンヌプリスキー場入り口近くで「楽一」と言う蕎麦屋の小さな看板が目に留まった。廊下のようなテラスを渡って店に入るような、ちょっと変わった作りの店である。ちょうど11時の開店の時間だったのでそこに入ってみることにした。
靴を脱いで中に上るとカウンター席があるだけの小さな店内である。
蕎麦を注文すると、その場でそば粉をこねるところから始めたのには驚いてしまった。値段はちょっと高めだけれど、正に打ちたてと言って良いその蕎麦は文句なしに美味しくて、思わずおかわりしたくなったほどである。
美味しい蕎麦に気分を良くして五色温泉へと車を走らせた。
春に向かって道路の除雪も進められているようで、五色温泉を過ぎた先の通行止めゲートの向こうまで黒々としたアスファルトが顔を出している。
ゲートの手前に広めの駐車スペースがあり、山スキーの人達らしい車が数台停まっている。我が家がテントを張りたいのはアンヌプリ側なのだけれど、そこからでは私の背丈以上の垂直の雪壁が立ち上がっているので、とても荷物を運び上げることは不可能である。
温泉の方に少し戻ったところにその雪壁の低くなっているところがあったので、何とかそこから荷物を上げることができた。
もしもその場所が無かったとしたら、スコップで雪壁を崩すなどかなり苦労することになりそうだ。
上空にはまだ青空が広がったままで、もしかしたら天気予報が良い方に外れてくれたのかもしれない。
ソリに荷物を積み終え、「さて、何処にテントを張ろうか?」とあたりを見渡した。
夏の間、野営場となっている付近は、周囲の建物が丸見えで、わざわざそんなところにテントを張る気にはならない。
人工の建築物から少しでも離れようと、アンヌプリに向かってなだらかな傾斜が続くその山すそをソリを引いて登ることにした。
今時期ならば雪面もほとんど堅雪になっているだろうと思っていたが、春の堅雪の上を比較的新しい雪が10cmほど覆っていて、その分だけ足が埋まってしまう。
一応スノーシューを履いているけれど、それが無くても歩くのに不自由は無さそうだ。
フウマも広い雪原を自由気ままに歩き回れて楽しそうな様子である。
しかし、何処まで登っても平らな場所が無い。背の低いシラカバが林のように茂っている場所でようやくテントを張れそうなところが見つかった。何も無い大雪原のど真ん中にテントを張るのも考えたが、やっぱり樹木の生えているところのほうが何となく落ち着けるので、今夜の野営地はそこに決まった。
車を停めた場所からは200m以上離れていて、それ以上ソリを引っ張り上げる余力は無かったと言うのもそこに決めた理由なのだが。
背の低いシラカバと言っても、多分数メートルは雪に埋もれているのだろう。その付近でもまだ若干傾斜があるので、テントを張る部分の雪を均してできる限り平らにする。
表面を覆っている真っ白な雪をスコップで除けると、その下に現れた雪は黄色く染まっていた。やはりここにも黄砂の影響があるみたいだ。ニセコでの雪中キャンプはもっと遅い時期まで楽しめるのだけれど、その時期になると黄砂で汚れた雪が表面に出てきてしまい、せっかくの真っ白な雪景色が黄色っぽく見えてしまうかもしれない。
そう思っていたものだから、ここでの雪中キャンプをなるべく早い時期に実行したかったのである。最近になって新たに積もったらしい雪のおかげで、今日は純白の雪景色が広がっていた。
今回も、庭木を剪定した枝を1m程の長さに切りそろえてペグ代わりに持ってきたけれど、雪の中ではこれが本当に役に立つ。
ただ、今日はその枝が雪の中に刺さりづらい。スコップで掘ってみると、20cmほど下はスコップも刺さらないくらいの硬いアイスバーンになっていた。このアイスバーンが表面に出ていた時期なら、テントを張るのも大変だったと思われる。
それぞれのテントの設営が完了。
「何でわざわざそんなところにテントを張るかな〜」とかみさんから馬鹿にされた。
確かに、テントの出入口の真横から雪の中に埋もれたシラカバの枝が突き出しているのだ。自分でもちょっと後悔しているけれど、限られた平らなスペースの中でテントを張っていたら、結果的にこうなってしまったのである。
かみさんのテントだって、結構傾斜のある場所に張られているので、寝る時には苦労すると思うのだが。
まあとりあえず、一晩の寝場所が出来上がれば、それがどんな場所であれ一安心できる。
テントの真正面にはニセコアンヌプリが聳えている。期待していたとおりの素晴らしいロケーションである。こんな贅沢なロケーションを独り占めできるキャンプ地なんてそうあるものではない。
しかし、その感動も長くは続かなかった。
テントの設営を始めた頃、南の遠くの空に現れてきた雲が、その後急速に広がってきて、あっと言う間に空全体を灰色に染めてしまった。
そして白いものまでチラチラと舞い始める。
天気予報どおりと言ってしまえばそれまでだけれど、さすがにガッカリしてしまう。前回の旭岳キャンプの時も雪が降ったけれど、森の中の雪中キャンプならばそれもまた風情があって良いものである。
しかし今回のキャンプはロケーション命のキャンプなので、それが曇り空や、まして雪が降って見通しが利かなくなったりしたら、楽しみが半減してしまう。
それでも時々、雲の切れ間から青空ものぞくようなので、予定通りイワオヌプリに登ることにする。
この雪の状態ならフウマも一緒に登れるかなと思ったけれど、老犬に無理をさせるわけにもいかないので車の中で留守番させることにした。
私達が登り始めると、それまで上空を覆っていた雲が風に吹き払われるように次々と流されて、その後には澄み切った紺色の空が広がっていた。
イワオヌプリの頂上に着く頃には全ての雲が消えて無くなり、そして紺碧の空を背景に真っ白なニトヌプリやイワオヌプリの山々が浮かび上がっていた。
遠くには日本海や積丹半島の海岸線まで見通せる。ニセコアンヌプリなどは、手を伸ばせば届きそうなくらいに近くに見えている。
その麓に張られた我が家のテントは米粒よりも小さく見える
ただ、雲を吹き飛ばしてくれた風はイワオヌプリの山頂にも強烈に吹き付け、足を踏ん張っていないと体が吹き飛ばされそうだ。
山頂からの風景をたっぷりと満喫した後は、一気に下まで滑り降りる。苦労して登っても、降りるときは本当にあっと言う間である。
車に戻って、そのまま五色温泉に直行。
雪中キャンプで泊まる当日に温泉に入るのはこれまで避けてきたけれど、山から下りた後はやっぱり温泉である。今日なら暖かいので湯冷めすることも無いだろう。
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