こんなところにテントを張ったら最高だろうな。
去年の冬、旭岳山麓のアカエゾマツ天然林の中をスノーシューで歩きながらそう思った。
それ以来一年間心の中で温めていた思いを、今年のキャンプ始めで実現させよう。
ところがなかなか順調には事が運んでくれない。週末に天気が崩れるパターンは去年からそのまま引き継がれているし、個人的な予定もポツポツと入ってくる。
職場のOutlookの予定表と週間天気予報を見比べながらキャンプ決行のチャンスを窺っていたが、仕事を休めない日や用事のある日に限って天気が良いという何とも恨めしい展開で、時間だけが空しく過ぎ去っていく。
これ以上キャンプの予定を先延ばしすることは、精神衛生上非常に良くないことである。ついに業を煮やして、天気予報のことなど気にかけずにキャンプに出かけることに決めてしまった。
土曜日に低気圧が発達しながら北海道を通過し、その影響で全道的に雨が降った。翌日曜日は真冬並みの寒気団がやって来て冬型の気圧配置に変わり、日本海側は大雪や吹雪の恐れありと天気予報では言っている。
どう考えてもキャンプへ行くような天気ではない。
それでも「行ってみてダメならそのまま札幌まで戻って来たら良いだけのことだ」と、脳天気な考えで札幌を出発。
周囲に嫌な雲が浮かんでいるものの、旭川まで高速に乗りそこから東川町まで来る間、我が家の車は常に太陽の陽射しを浴び続けていた。
先日、天人峡へ行った時の同じルートを走っているが、天気だけは全然違う。その時は「家に残してきたフウマの恨み雪が降っているのだろう」と話していたが、今回はフウマも一緒なので「これはフウマ様の通力のおかげだよな〜」と、まことに身勝手な人間同士の会話が車の中で交わされていた。
東川町付近は風が猛烈に強くて、何も遮るもののない周りの雪野原から、真っ白な雪が地吹雪となってアスファルトの舗装面を舐めるように飛ばされていく。
山に囲まれた森の中へ入ってしまえば、この風も弱まるだろう。あくまでもポジティブに考えていなければ、弱気な虫が直ぐに頭をもたげてくるのである。
旭岳温泉と天人峡温泉への分かれ道付近にある湧き水スポットに立ち寄り、今回のキャンプで使う水を確保する。日曜日の朝だけあって温泉帰りの客で駐車場は満車である。
水を汲む順番待ちの列に並びながら、暖かな温泉にゆったりと浸かって疲れを癒し自宅へと戻る人達と、これから雪の中でテントを張らなければならない自分達とのあまりの立場の違いにがっかりしてしまった。
そこから見る旭岳の姿は灰色の雲に隠されているものの、我が家が近づくにしたがってその雲も晴れてくるはずだ。相変わらず自分の都合の良いように考え続けていたが、さすがにフウマの通力を持ってしても、山の神様がその身を隠す衣を剥ぎ取ることはできなかった。
それどころか細かな雪もちらつきはじめる。
ロープーウェイの駐車場に到着。ロープーウェイは強風のため営業を中止していた。
車を一晩置かせて欲しいと申し出たところ、「除雪の時に邪魔になるので、奥の方に雪を被った車があるからその横に駐めるように」と指示される。
そこに行ってみると、屋根に積もった雪の状態から見て前の日から置いてあるような車が4台程駐められていた。冬山登山の人達の車なのだろう。前の晩はかなり天候も荒れたはずで、そんな状況の中でテント泊をしているのだと思うと恐れ入ってしまう。
私達がこれからチャレンジしようとしている雪中キャンプなんて、彼らから見ればままごとのようなものだろう。
ザックの中には収まりきらずに、大型ソリにもままごと道具を積み込む。
ままごとキャンプなのだから、冬山登山と違ってキャンプ中も快適に過ごしたい。そうすると、小型のイスやテーブルにフウマ用のベッド等結構な荷物になってしまう。
途中で落とさないように、それらを細引きでソリに固定して野営地に向けて出発。
ザックを背負って、荷物を満載にした除雪用の大型ソリを引っ張り、足の短いコーギーもどきの犬を連れた夫婦連れ。ちょうど駐車場から出て行くところだった大型バスの窓からは、多くの不思議そうな視線が私達夫婦に注がれていた。
このソリが結構ズシリと重たい。
しばらくはスキーコース用に圧雪された場所を歩く。ロープウェイも止まっているので滑り降りてくるスキーヤーも殆どいない。
やや急な登り斜面にさしかかった。去年もこの斜面をスノーシューを履いて登っているが、それだけで汗だくになったのを覚えている。
今回はそこを重たいザックを背負って、しかも重たいソリを引っ張りながら登らなければならないのだ。
一歩一歩全力で足を踏み出す。何とかその斜面を登り切ったところで一休み、息が整うのを待ってから次の斜面に向かってソリを引っ張る。
その斜面の途中でとうとう力尽きてしまった。最後はかみさんと二人がかりでソリを上まで引き上げた。
そこまで登ると傾斜も緩くなってくるので、そこからいよいよ森の中へ入ることにする。
新雪の中に一歩足を踏み入れると、スノーシューを履いていてもズブズブと雪の中に足が埋まってしまった。昨日は全道的に雨が降っていたので、この付近でも雪はかなり締まっているだろうと思っていたが、その予想は完全に外れてしまった。
まるで真冬の深雪、スノーシューを履かなければ腰まで埋もれてしまいそうな感じだ。ソリを引っ張るのは諦めて、まずは野営地を先に探すことにする。
最高の場所をじっくりと時間をかけて探したいところだが、それ以上雪の中を歩き回るような体力も残っていなかったので、スキーコースが見えない程度に離れたところで妥協することにした。
テントが張れそうな平らな部分を見つけて、そこをスノーシューで踏み固める。フワフワの雪なので、踏み固めたつもりでもそこで少しジャンプしたらまた少し沈んでしまう。
きりがないので、概ね平らになったところでその作業を切り上げたが、これが後になって後悔することになってしまった。
残してきたソリをそこまで引っ張ってきてテントを設営する。あれほど踏み固めたはずなのに、スノーシューを脱ぐとズブズブと埋まってしまう。気温が低すぎて雪が固まらないのである。
以前、能取岬の森の中でキャンプした時も同じような状況だったのが思い出された。その時はサラサラのきめの細かい粉雪だったので、今回以上に大変な思いをしたものだ。
ここの雪質は同じようなサラサラの雪でも一つ一つの結晶が大きいので、まだいくらかは固まる様子が見られる。テント部分に穴を開けないように注意しながら、何とか設営が完了した。
たとえ冬のキャンプであっても、テントの設営が終わったらまずはビールをグイッと飲みたくなるところだが、今回は全然そんな気にならない。それだけ気温も低いのである。
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