トップページ > キャンプ > キャンプ日記 > 2005年キャンプ日記

演歌を聴きながら賀老高原キャンプ

賀老高原キャンプ場(6月19日〜20日)

 今年のこれまでのキャンプは、特に意識していたわけではないけれど、初めてのキャンプ場に4回連続で泊まることになってしまった。
 もうそろそろ、我が家が実際に泊まった道内のキャンプ場の数も100カ所を越えているかもしれない。
 新たなキャンプ場を開拓するのは楽しいけれど、やっぱり自分のお気に入りのキャンプ場でゆっくりと過ごすのが一番落ち着ける。カヌークラブでの団体キャンプとかも続いていたので、そろそろホームグランドでいつもの我が家スタイルのキャンプを楽しみたい気分になってきた。
 月曜日に休みがとれたので、日月キャンプならば今時期どこへ行ってもほぼキャンプ場を独り占め出来そうである。
 メールマガジン用の写真も撮りたいので、近くに被写体のある場所が良い。
 そうして思い浮かんできたのが、賀老高原キャンプ場とエルム森林公園キャンプ場の2カ所である。
 エルム森林は滝川市江部乙付近の菜の花畑、賀老高原は新緑のブナ林と賀老の滝。どちらにしようか迷ったが、先週末に高速道路上から見えた菜の花畑はちょうど満開になっていたので、今週だと少し遅いかもしれない。
 そうして今回の行き先は賀老高原キャンプ場に決定した。
 ここに泊まるのは確かこれで4回目になるはずで、ホームグランドとまでは言えないかもしれないが、賀老へ行くとなると心がいつもウキウキしてくるのである。
 「今週は日月で賀老キャンプに行くぞー!」
 張り切ってかみさんに宣言したら
 「・・・、ごめんなさい、月曜日は用事があって・・・」
 「あらっ・・・」、いつもの私の独り相撲である。
 土日でキャンプへ行く気はしなかったので、これは素直に諦めるしか無さそうだ。しかし、諦めたくせして「あー、キャンプ行きたかったなー」といつまでもウジウジしているのが私の悪い性格である。
 それならば一人でキャンプへ行ってしまった方が、かみさんに余計なプレッシャーをかけなくて済むだろう。
 「それじゃあ、俺一人で行こうかな。」
 「ごめんなさいね、来週は一緒に行けるから。」と謝ってくれるかみさんの言葉を聞きながら、「よっしゃー、賀老高原で過ごす独りぽっちの夜、ワクワクしてきたぞー」とやたら張り切ってしまう私だった。

 さすがに独りで過ごす賀老の夜は寂しすぎるので、愛犬フウマを相棒として連れて行くことにした。フウマと一緒のキャンプは苫前町グリーンヒルキャンプ場以来の4年ぶりになる。
 車にキャンプ道具を積み込み終わると、喜び勇んで自分の定位置に飛び乗って、何時も一緒のかみさんが乗ってこないこともまるで気にする様子も見せずに、嬉しそうにシッポを振っていた。
 岩内から海沿いの国道229号を走っていると、道ばたの所々にエゾカンゾウの花が咲いている。そう言えばそろそろ原生花園の花の時期だなーと思いながら、今年は道東や道北の原生花園巡りの予定がないのがちょっと残念に感じてしまった。
 賀老高原に向かう前に歌島高原に寄り道をする。
 2年前に賀老でキャンプした時も、その帰りに歌島高原に寄ろうと思ったのだが、その入り口が解らずに諦めたことがある。
 今回は注意しながら走ったので、国道沿いの小さな看板を見つけることが出来た。この看板は国道を南下してくる方向に向かって立てられているので、南側から走って来たら気が付かないはずである。
 ここからの道路は舗装されてはいるものの、道幅はとても狭く対向車が来ても避けれる場所もない。もっともここを走る車なんてほとんどいないみたいで、両側から草が覆い被さってきているし、それをなぎ払いながら走る感じだ。ピカピカの新車ではちょっと走る気にはならないだろう。
 所々砂利道になっているカ所もあって、そんなところでは轍の跡が雨水で深くえぐられ、そこに車輪を落としてしまえば一発でスタックしてしまいそうだ。
歌島高原 そんな道をヒヤヒヤしながら5kmほど走って、電波塔などが建つ山頂に到着した。周りは一面の笹原なので、視界を遮るものは何もなく、島牧村の海岸線から賀老高原の狩場山までが一望に見渡せる絶景が広がっている。
 のはずだったが、生憎の曇り空で濃い霞もかかっていたものだから、展望は全然楽しめなかった。
 それでも、天気が良くて空気が澄んでいる日ならば、本当に素晴らしい風景を楽しめそうなところである。
 砂利道をそのまま奥まで進むともう一カ所電波塔が建っていて、その近くには平らな部分もあり、ここにテントを張れば素晴らしい一夜を過ごせそうだなと、また悪い考えが浮かんできてしまった。
 道ばたでは所々でタニウツギが赤い花を咲かせている。帰り道は目の前に展望が広がっているので気持ちよく走れるが、あまり景色に夢中になっていると先ほどの溝にはまってしまうことになりそうだ。

 山を下った後は、一路賀老高原へと向かう。
 千走川温泉を過ぎると急な上り坂となり、道幅も狭くなる。ちょうどタケノコ採りシーズンと重なって、対向車も多く、すれ違う時はひやりとさせられる。特に、おばさんの運転手は端に寄ろうとしない人が多いので、こちらの方が焦ってしまう。
 駐車場に到着するとかなりの台数の車が停まっていた。観光客とタケノコ採りの人達と半々くらいだろうか。大型の観光バスまで停まっているのにはちょっと驚いてしまった。
 キャンプ場にはソロのテントが一張り張られているだけである。
 キャンプ場の芝に座って、途中で買ったコンビニ弁当の昼食にする。狩場山は残念ながら雲に隠れてしまっていた。
 セミがうるさいくらいに鳴いている。その鳴き声にも負けないくらいの大音量の音楽が森の中から聞こえてくる。竹藪の中で方向を見失わないように、タケノコ採りの人達がラジカセで音楽を鳴らしているのである。
 タケノコ採りの方々はおじさん、おばさんが多い。そうなるとラジカセでかける音楽は、決まって演歌だ。今時期の賀老高原の森からは、北島三郎の「北の漁場」や「まつり」が聞こえてくるのである。
 まあ、今時期の日中はこれもしょうがないかと思いつつ、まずはブナ林の散策をすることにした。

昇龍の橋から 樹海の森へ続く林道は、まだ通行止めになっていたので太古の森の遊歩道を歩くことにした。
 今回は、何時も使っているコンパクトデジカメに加えて一眼レフデジカメも持って歩くつもりである。一昔前の一眼レフデジカメなので、やたらにでかくて重たい。
 ブナ林入り口の駐車場で準備をしていると団体客がぞろぞろと歩いてきた。賀老の滝駐車場に駐まっていた大型バスは、この団体さんが乗ってきたものだったらしい。
 団体さんが森の中へ入っていくのを待ってから、私もフウマと一緒に歩き始めた。
 まずは昇龍橋の上からの眺めを楽しむ。前回ここに来たときは息をのむような紅葉の美しさだった。
 今回は新緑の風景である。私は芽吹きの時期の新緑が一番好きだが、今はそれを過ぎた若葉の新緑となっている。この柔らかな緑の風景も、なかなか素晴らしい。
 黒松内町の歌才ブナ林を歩いたのは、ちょうど一ヶ月ほど前になる。その時は芽吹きの新緑にもまだ少し早い感じだったが、やっぱりこれくらいの新緑に包まれたブナ林の方がずっと美しく感じられる。
 去年の台風18号の強風は、賀老のブナ林にも大きな被害を与えたようである。あちらこちらに伐採されたブナの木が転がっている。それもかなり太いブナばかりだ。
 そのブナが倒れずにそこに立っている風景を頭の中に思い浮かべてみたら、現在の目の前の風景がもっと素晴らしいものに変わった。
 まだ十分にその美しさを保っているブナ林ではあるが、台風前のもっと美しかった姿を考えるととても残念な気がする。
 遊歩道の途中にカサノ沢という清流に木橋が架かっている場所がある。苔むした岩の間を全く汚れを知らないような澄んだ水が流れる小さな沢であるが、2年前の秋にここを見た時は落ち葉が流れの中に浮かび本当に素晴らしい景観だった。
 しかし、現在はこの沢にも沢山の樹木が倒れ込んで見る影もないと言った有様だ。

ブナの森   ブナの巨木

 次第にフウマが歩くのを渋りはじめた。11才を越えて老犬の部類に入り体力もかなり衰えてきてはいるが、このように歩きたがらないのには多分別の理由がだと思う。
 毎朝の散歩の時でも自分の縄張りから外れた場所まで私が行こうとすると、足を踏ん張って抵抗する素振りを見せることがある。これはかみさんが散歩させる時でも、同じ状態であるとのことだ。
 それなのに、休みの日などに夫婦二人で散歩に出る時は、かなり遠くの初めて歩くような場所でも平気な顔でついてくるのである。この夫婦は二人揃わなければ頼りにならないとでもフウマに思われているのだろうか。
 賀老のブナ林の中も同じことで、「このオヤジ一人に付いて行って果たして大丈夫だろうか」などとフウマに思われているのかもしれない。
 そんな不安そうなフウマに声をかけながら、ブナ林の美しい風景をカメラで撮影して歩く。
 遊歩道沿いの野草に目をやると、手頃な大きさのウドが生えているのに気が付いてしまった。何故か腰には山菜ナイフがぶら下がっていたので、早速それを収穫する。本当は、タケノコでも生えていればついでに収穫しようと、軽い気持ちでナイフを持ってきたのだが、ウドは想定外だった。
 そこから先は足元ばかりに注意がいってしまい、肝心のブナ林のことは頭から飛んでしまっていた。
 カメラを2台首からぶら下げて、腰にはウドやタケノコの入ったビニール袋をぶら下げ、汗をかきながらブナ林の中を歩いていると、そのうちに頭の周りにはブヨが飛び回りはじめるし、ゆったりとした心でブナ林を観察する状態では無くなってしまった。
 良い写真を沢山撮ろう、上手そうな山菜を沢山採ろう、そんながつがつした心でブナ林を歩いていたら、本当の美しさに気が付かないまま通り過ぎてしまうんじゃ無いだろうか。
 ちょっと反省しながらキャンプ場へと戻ってきた。

夕暮れのサイト 一張りだけ張られていたテントも既に撤収されて、まだ賑わっている賀老の滝駐車場と違ってテントサイトはがらんとしていた。
どこにテントを張ろうか迷ったあげく、結局先客がテントを張っていたのと同じ場所を選んでしまった。どうしても近くに樹木がある場所に吸い寄せられるようだ。
 昼に到着した時にはそれほど気にならなかったブヨ達も、いつの間にか私の周りに吸い寄せられてきたみたいだ。
 相変わらず森の中からは演歌が流れてきている。雲は次第に薄くなり、雪の残る狩場山もその姿を現してきた。
 新緑の景色を眺めながらくつろいでいると、旅行者らしきライダーがやってきた。
 「このキャンプ場って無料なんですか?」
 独りで過ごす賀老の夜というもくろみは、呆気なく崩れてしまったのである。
 今日の早朝に小樽についたばかりで、これから20日間ほどかけて北海道を回る予定なのだとか。その1泊目が賀老高原とは感心してしまったが、賀老の滝見物でバテてしまい、これ以上移動する気力が無くなってしまったとのことである。
 「虫の多いところですねー」とぼやく彼の青いジーンズを見ると、真っ黒になるくらいにブヨがたかっていた。
ブヨというのは濃い青が好きなのだろうか。
フウマとキャンプ 今回持ってきたBYERのイスはジーンズと同じような青い色をしているが、それも数百匹のブヨに占領されてしまい、とても座る気にはなれない。
 私は幸い白っぽい服装だったので、ブヨに好かれることは無かったが、頭の周りを飛び回るブヨは次第に増え始めた。
 賀老の滝駐車場には、何やら荷物を一杯屋根に積んだワンボックスカーが停まっている。白いヒゲを伸ばした仙人のような老人がその車の持ち主のようで、彼もここで1泊するような雰囲気だ。
 今時期になると、週末を外してもキャンプ場独占というのはなかなか難しそうである。
 ブヨがうるさいのでテントの中に潜り込んで一休みしていると、セミの声を子守歌にウトウトとしてしまった。
 突然の大きな声で目を覚まさせられる。ワンボックスカーの仙人が隣のライダーの彼に話しかけているところだった。
 「こんなところでは蚊取り線香を持ってないとダメだ」とか「駐車場の方が虫が少ないからこっちに来い」とか言っているが、如何にも仕切や風のオヤジみたいで、どうも私はこんなタイプの人間が嫌いである。
 話し声が聞こえなくなった頃にテントから這い出すと、ライダーの彼は虫の多さに辟易して仙人の近くにテントを移動することにしたみたいだ。
 ちょっと寂しくなるが、これでキャンプ場は私が独り占め出来ることになった。

 虫除け代わりに焚き火を始めたが、その煙くらいではブヨも退散してくれない。
 夕食は豚丼。レトルト御飯を暖めて豚肉をフライパンで炒めるだけの簡単メニュー。それでも、何となく独りでキャンプをしている雰囲気を味わえて楽しくなってくる。
 夕食を終えると、後は焚き火の炎を眺めながらビールを飲んで、ただぼーっとするだけの贅沢な時間を過ごす。
 あれほどうるさかったブヨも、暗くなると何処かへ行ってしまった。
キャンプの夜 仙人のところには別のワンボックスカーの人間がやってきて、大声で話しながら宴会をしているようだ。発電機の音も聞こえてくる。その隣にテントを移動したライダーの彼がちょっと気の毒そうに思えたが、こちらのサイトはかなり離れているのでその音もそれほど気にはならない。
 焚き火でウィンナーを焼き、それをフウマと分け合って食べる。
 雲が晴れて月の光が場内を照らし出す。寝るのが惜しくなるくらいの良い夜だったが、明日も早起きすることになりそうなのであまり夜更かしもしていられない。
 アオバズクの鳴き声を子守歌にして眠りについた。

 鳥のさえずりで目が覚める。その声を聞きながら微睡んでいると車のエンジン音も聞こえてきた。
 テントを出てみると、既にタケノコ採りの車が駐車場に沢山停まっていた。ある程度は覚悟していたが、休日も平日もタケノコ採りの人達には関係ないようである。
 焚き火を燃やして朝のコーヒータイムを楽しんでいると、早くも森の中から演歌が流れはじめた。日中ならまだ我慢できるが、まだ朝の5時前である。さすがに、勘弁してくれよな〜という気分だ。
 朝食はガーリックトーストにベーコンエッグ。
 今日は朝から気温も高めなので、あまり暑くならないうちに賀老の滝まで歩くことにする。
 ライダーの彼は早くも帰り支度をしていた。
 「あのオヤジの誘いにのって場所を変えたのは大失敗でした」と愚痴をこぼしている。
 話しを聞くと、昨晩後からやってきたワンボックスカーの人間に対して「先に来ている人間には挨拶しろ」とか、偉そうな顔で説教していたのだとか。
 本人はこのキャンプ場にしばらく居着いているみたいで、まるでここの主みたいな気分でいるみたいだ。「先輩に挨拶しろ」とは、まるで公園にたむろするホームレス社会と同じ構図である。確かにその車を見ると、キャンパーと言うよりも車に乗ったホームレスと言った方が似合っている。
 そして、虫の多さと早朝からのタケノコ採りの車の騒音、せっかくの北海道一日目の賀老高原キャンプは、彼にとってはあまり良いイメージのものではなかったみたいで、ちょっと気の毒な気がした。

 別れの挨拶をして、私とフウマは賀老の滝散策へと出発した。
 駐車場から賀老の滝への降り口まではシラカバ林の中を抜けていく。遊歩道の直ぐ近くにラジカセが置いてあるらしく、大音量で演歌が聞こえてくる。
 その全く場違いな雰囲気にフウマが驚いて、歩みを止めてしまった。声をかけて何とか歩かせたが、不安そうに辺りをキョロキョロ見回しながら、シッポを下げたまま歩くフウマが、何とも可笑しくて可哀想でもある。
 やっぱり賀老の森に演歌は絶対に似合わないのだ。
渓谷の新緑 賀老の滝への階段を下りる辺りでは、その音も聞こえなくなった。安心したフウマは、急な階段を先頭を切って駆け下りていく。
ここも、台風の影響で倒木が多い。道の復旧にもかなり苦労した後がうかがわれる。
 倒れた木を土留め代わりに利用したり、太い倒木がそのまま休憩用のベンチに使えそうな感じで配置されているところもあった。
 谷を挟んだ向かい側の山肌が、新緑に染まってとても美しい。
 やがて滝の音が響いてきた。演歌に驚くフウマも、滝の音はまるで気にならないらしい。
 以前は坂道を降りる途中に滝を眺める展望テラスがあったはずだが、現在は川の直ぐ近くまで直接降りられるような道が付いていた。展望テラスはそこからまた上に少し登った場所にあるが、そこまで行くと滝の水しぶきもかかり、斜めから滝を見るような感じになるので、川の横の小さな広場から見た方が賀老の滝は美しく見える。
 まだ7時前なのに既に先客が一人いたのには驚いてしまった。
 昨夜はユースに泊まって、狩場山に登るつもりがまだ花が咲いていないので賀老の滝を見に来たとの話しだ。彼も北海道に来たばかりで、これから北海道の山を登って回るのだそうだ。
 そろそろ北海道にも観光シーズンが訪れたようである。
 しばらく賀老の滝の撮影に夢中になる。
 午前中は滝にかかる虹も見られると本に書いてあったが、残念ながら太陽は薄雲に隠れてしまっていた。
 雨具を来て滝の近くまで行ってみたかったが、フウマが歩けそうな場所ではないので、今回は諦めることにする。いずれは、賀老の滝の直下まで行ってみたいものだ。
 帰りはひたすら急な階段を上るだけだ。老犬と馬鹿にしていたフウマは、疲れも見せずに急な階段をスタスタと上っていく。
 階段の途中で振り返って私が追いつくのを待っているフウマの目には、私の方が頼りなさそうに見えているのかもしれない。
 テントまで戻ってきて、後かたづけを済ませてキャンプ場を後にする。
 途中の千走川温泉に入り、誰もいない露天風呂に身を沈めて賀老の森の余韻に浸った。
 演歌とブヨに悩まされたものの、賀老の自然は何時も私の心を安らかにしてくれるのだった。

キャンプの写真アルバムを見る

賀老の滝   賀老の滝

戻る   ページTOPへ