ヤエザクラも開花して、我が家から見える手稲山の山麓も新緑に彩られはじめた。
今回の目的地は苫小牧市の樽前ガロー、以前から訪れてみたい場所の上位に入っていたところで、新緑の美しい時期に合わせて行ってみることにした。
近くにはインクラの滝もあり、今なら雪解け水で豪快な姿を楽しめそうだ。
このようにキャンプ以外の目的がある時は、何時もと違って泊まるキャンプ場には特にこだわらない。どこか面白そうなキャンプ場を開拓するチャンスでもある。
森野オートキャンプ場あたりが良さそうだったが、2005年版北海道キャンピングガイドで大滝村に今年オープンした個人経営のキャンプ場が紹介されていたので、新緑ドライブを楽しみながらそこへ泊まってみることにした。
初めての場所へ行く時は、数日前からそわそわして落ち着かなくなる。
今週は、前半が雨竜川での激流に揉まれた余韻に浸り、後半は週末のキャンプに夢も膨らみ、ほとんど仕事も上の空状態で一週間を過ごしたような気がする。
週末は先週に引き続き好天に恵まれそうである。ただ、我が家が向かう苫小牧、白老方面だけは土・日とも曇りがちの天気で霧も出そうな予報になっていた。
他の場所へ行けば天気が良いのは解っているのに、わざわざ天気の悪いところへ向かうのもどうかと思ったが、今更変更する気にもなれない。
青空の見える札幌を後にして高速道路を南へ向かった。
予報どおりに次第に雲は厚くなり、道路の端には先ほどまで雨が降っていたのか、水たまりもできている。
少しくらい湿り気があった方が樽前ガローの苔も生き生きとして見えるだろうと自分を慰めるが、低く垂れ込めた雲を見ていると私の心の方は生き生きとはしてこない。
この付近から見えるはずの美しい樽前山の姿も、完全に雲に隠れてしまっている。
樽前ガロー入り口の駐車場に到着、ガロー周辺の道路に車で入っていけるようなので、川の左岸側の道に入ってみる。車1台がやっと通れる程度の細い道だが、所々に駐車スペースがある。
そこに車を停めて降りてみると、森の中は野鳥の声で溢れていた。ここは車で入ってくるよりも、歩いた方が楽しそうである。
川に架かる人道橋の上から樽前ガローの姿を初めて見たが、写真で見慣れた風景なのでそれほど感動もしない。
樽前ガローを一言で説明するならば、その中を川が流れる苔の洞門と言ったところだろう。ここから樽前山を挟んで支笏湖側にある苔の洞門は観光地として人気があるが、最近は落石の危険があるのでその中を歩けなくなってしまった。
中を歩けない苔の洞門なんて、面白くも何ともない。
ここも同じである。ガローを楽しむのならば、やっぱりその中に降りてみなければダメなのである。
橋の近くから下へ降りられる場所があったので、そこから川岸に降り立つ。ヒンヤリとした空気が心地よい。
一応長靴を履いてはきたが、流れも速く水深もあるので川の中を自由に歩き回ることはできない。
目の前の素晴らしい風景を岸辺のごく僅かな場所からしか眺められないと言うのは、とても悔しいものである。ドライスーツにライフジャケット、ヘルメットまで装備したら、自由にこの中を歩き回れそうだ。
この装備で、タイヤチューブにでも捉まりながら上流から流されてみるのも面白そうである。
左岸の道は途中で行き止まりになるので、Uターンして元の道を戻る。
途中でもう一箇所、下へ降りられそうな場所を見つけた。笹藪が濡れているので雨具に着替えて、急な崖を木の枝などに捉まりながら何とか下まで降りることができた。
いつの間にか日も射してきて、切り立った崖を一面に覆う緑の苔が一際その鮮やかさを増している。
足元ではスミレも花を咲かせ、新緑の樽前ガローは思った通りの素晴らしさだった。
今度は右岸側の道路を上流に向かう。こちらは普通の車道で、民家も結構建っているのでちょっと驚いてしまった。もっと山奥にあるものだとイメージしていたのた。
その道は樽前ガローの上流部に架かる橋に続いていた。
その付近では樽前ガローもかなり幅が狭くなっている。ここでも橋の近くから下へ降りられる場所を見つけて、無理矢理川まで降りてみる。
もしもここから人間ダウンリバーするとしたら、閉所恐怖症の人には辛いかもしれない。それぐらい両側から崖が迫っているのである。
写真を撮ってそこから戻ろうとした時、「ん?」
川まで降りる時に最後の段差を何も考えずに飛び降りたのは良いけれど、「こ、ここって・・・、登れないじゃん!」
大した高さではないのだけれど、手や足をかける場所がどこにも無いのである。かろうじて小さな出っ張りがあっても、もろくて足をかけると崩れてしまう。
滑り落ちたら、そのまま流れの中まで落ちてしまいそうだ。さすがに何の装備もないままで、ここで人間ダウンリバーをする気にはなれない。
必死になって僅か数センチの出っ張りに指先をかけて、何とか這い上がることができた。
全く、思わぬところに危機は潜んでいるものである。
次の目的地はインクラの滝である。
今走ってきた道は、地図を見るとそのままインクラの滝まで続いているようだが、付近には看板も何もないし、しばらく進むと一般車両進入禁止の立て看板まで立っていた。
ちょっと心配になって途中から引き返し、その付近で畑を耕していたおじさんにインクラの滝への道を聞いてみる。
するとそのおじさんは、とても丁寧に道路上に棒きれで現地までの地図を書いてくれた。
「ちょっと解りづらいかもしれないけど、一旦戻って、ここからまがって、T字路を右折して、高速道路をくぐって・・・。」
まるで原寸大のような地図なものだから、線を引きながらどんどん先に歩いていってしまう。
親切な対応に感激し、深々と頭を下げて滝を目指す。そのおじさんの地図のおかげで、何も迷わずにインクラの滝まで行き着くことができた。
駐車場と展望台が整備されているが、そこからでは木の枝越しに遥か遠くの滝の上部がチラッと見えるだけである。当然、そこから滝の下まで歩くことにする。
看板には滝まで2kmと書いてあるが、整備された遊歩道があるわけでもなく、かなり厳しそうな道のりみたいだ。
フウマが颯爽と先頭を切って歩き始めた。
踏み分け道のようなルートがあるものの、笹が覆い被さっていたりして、それをかき分けながら進まなければならない。
砂防ダムを超えるあたりから次第に道も険しくなってくる。
川に沿って登っていくので道に迷うことはないが、倒木で塞がっていたり、大きな岩で行き止まりになっていたりと、どのルートを進むか選択が難しい。
この辺まで来ると踏み分け道も判然としなくなってくる。途中では崖崩れの跡もあり、かみさんが「危ないからもう止めない?」と弱音を吐き始める。
「ここまで来て引き返すわけないだろ!、嫌なら一人で残っていろ!」
せっかくの冒険気分に水を差されたような気がして、思わず声を荒げてしまった。
いよいよ滝が間近になったところで踏み分け道も無くなってしまい、どこを進めば良いのか解らなくなってしまった。
直ぐ横の急な斜面を登ってみたが、崩れた土砂が積もっていて足場が悪く一つ間違えればそのまま急斜面を転がり落ちてしまいそうだ。
そのルートは諦めて、大岩が積み重なった部分を進めないか確かめてみる。
何とかそこを行けそうだったが、短足フウマがそんな場所を歩けるわけもなく、「ここからでも滝は見えるからもう十分」と言うかみさんとフウマを残して、滝の下までは私一人で進むことにした。
苔の生えた岩に足を滑らせそうになりながら、大きな岩をよじ登り、飛び降りして、やっと滝の真下までたどり着いた。
細い水流が糸を引くようにスーッと流れ落ちる滝は迫力と言うよりも優美さを感じさせるが、その両岸から今にも崩れ落ちそうに聳える高さ50m以上の断崖は、圧倒的な迫力で私に迫ってくる。
この滝には滝壺がなく、滝の下は周りから崩れ落ちた大岩が積み重なっている。周りの崖から岩が何時落ちてきてもおかしくない状況だ。
かみさんも一緒に登ってきたら良かったのにと思うが、怖くて嫌だと言って直ぐに逃げ帰ってしまうのが落ちだろう。
ここまで登ってくる時にかいた汗を乾かすためにも、ゆっくりとここで滝の姿を楽しんでいたかったが、かみさんを途中に残してきたのでのんびりともしてられない。
再び積み重なる大岩を乗り越えて、かみさんとフウマの待つ場所まで戻ってきた時には、額から汗がしたたれ落ちていた。
川の途中の適当な場所を見つけて、休憩する。
この川は、滝の迫力や巨大な岩が積み重なった様子と比べると、まるで信じられないくらいに穏やかで優しい流れである。
岩間を縫ってチョロチョロと流れる小川の風情だ。岩の陰には可憐な花が咲き、苔生した岩の表面からはナナカマドの若木が芽を伸ばしている。
周囲には野鳥の声が響き渡り、谷間の樹木はすっかり新緑に彩られていた。
本当に素晴らしい場所である。
駐車場に戻りフウマの体を調べると、ダニがウヨウヨと這い回っていた。 それを見ると、人間の方も何だか首筋あたりがモゾモゾするような気がしてくる。
一度国道まで出て、森野経由で大滝村へ向かった。
途中にある三段の滝は周りを整備されてすっかり観光地と化してしまっている。インクラの滝周辺がこのようになってしまわないことを望むばかりだ。
今回のキャンプ地は、今年新しくオープンしたオロウエン大滝と言う個人経営のキャンプ場である。
大滝村から支笏湖方面に向かい、途中から喜茂別方向に車を走らせる。
そして道道695号に入るのだが、初めて走る道路なのに、周りの風景が何となく何処かで見たような気がする。ドロームキャンプフィールドへ向かう時の赤井川村付近ととても似ているのだ。
解りづらい場所にあるキャンプ場と言うことなので、あらかじめ地図で調べて、前日にはオーナーに電話で問い合わせもしたので、何も迷わずに現地までたどり着いた。
キャンピングガイドにも載っていた赤白の橋がキャンプ場の目印である。
かなり幅の狭い橋なので、ここ渡る時はちょっとヒヤッとさせられる。橋の上から見た川は、両岸がブロックで護岸されていた。川自体は清らかな流れなのに、この護岸のおかげでちょっとイメージダウンである。
ピカピカのバンガロー風の建物が目に付く。バンガローがあるなんて書いてなかったぞと思ったが、これがトイレの建物だった。 靴を脱いで上がるようになっているが、内部は壁も床も真新しい板張りで、用を足すときも汚さないようにと緊張してしまう。
奥の方にブルーシートで屋根を葺いた掘っ立て小屋があった。そこが一応管理棟だろうと思い中を覗いたが、留守のようである。ストーブや寝袋もあったので、ここで寝泊まりしているのだろう。
さてどうしようかと考えていたら、直ぐに軽トラックが橋を渡ってやってきた。
乗っていたのはここのオーナーさんではなく、一緒にここのキャンプ場作りを手伝っている人だと言う。
我が家の車が道道から曲がっていったのを見て、直ぐに電話をしてきたキャンパーだと解ったという話しである。何せ、その道の先にはこのキャンプ場しか施設がないのだ。
どうぞ好きな場所にテントを張って下さいと言って、その方は一旦自分の仕事に戻っていった。
好きな場所と言われて嬉しくなってしまったが、どうもテントを張れそうなところはシラカバ林の中しか無さそうだ。
広々とした芝生広場らしき場所もあるが、かなり草も伸びて下地もデコボコ、その様子から元は水田だった場所のようである。
シラカバ林の中は、まだ土がむき出しになっている部分も多い。
後でオーナーから聞いた話によると、このシラカバが生えているところは、30年以上前はアスパラ畑だった場所で、4年前にオーナーが買い取った時は雑木が密生する状態だったという。
それをオーナーが一人でコツコツと整備を進め、シラカバの葉が茂りすぎてサイトが暗くならず、かつ、適度に陽射しを遮り、木漏れ日が優しくサイトを照らすように、そして、朝日や夕日があたった時の影のでき方まで確認して、最終的に切らずに残すシラカバの木を決めたという、まさにオーナーこだわりのシラカバ林なのである。
その時はまだそんな話しも知らずに、このシラカバ林のどこがベストポジションかとウロウロ歩き回り、最後はそのちょうど真ん中付近に我が家のテントを設営することにした。
ここが果たして、オーナーが頭の中で考えたであろうベストの場所であったかは知る由もない。
テント設営中はもの凄い数のブヨにまとわりつかれた。
やっとの思いで設営が終わりテントの前室の中で一息つく。我が家のテントのようにメッシュの窓の前室が付いていたり、スクリーンテントを別に用意しているのでなければ、ちょっと辛い状況だろう。
これまで虫の全くいないキャンプばかりだったので、常備品の中に虫除けスプレーや蚊取り線香などを入れておくのをすっかり忘れてしまっていた。
テントの中でじっとしていてもしょうがないので、周辺を歩いてみる。
シラカバ林の直ぐ後ろには山が迫っていて、その際にはニリンソウやエンレイソウなどの野の花が所々に咲いている。その中に混ざって、福寿草がこの時期に咲いているのには驚かされてしまった。
白樺の林は新緑に染まっているが、周りの山の木々はまだ芽吹いていない。今回は新緑キャンプも楽しみにしていたのに、時期的に少し早かったようである。
白老からここへ走ってくる途中も、サクラやコブシの花が咲いているくらいで、新緑にはほど遠い状況だった。
キャンプ場の横を流れる川は高さ2m程のブロック護岸で囲まれてしまっている。昔は農地だった場所なので、このように整備されてしまったのだろう。
橋の近くに梯子がかけられて、下の河原に降りられるようになっている。その護岸さえ気にしなければ、ここから上流に民家などは一軒もなく、安心して水遊びができそうな良い川である。
ここへ来る途中に道路沿いの風景がドロームへ向かう時の風景に似ていると感じたが、ここのキャンプ場もドロームを感じさせるものがある。
山に囲まれた風景、シラカバ林、横を流れる川、全てがドロームのミニチュア版と言った雰囲気だ。
もっとも、個人が手作りしたキャンプ場とドロームを比べるわけにもいかないが、もしかしたらこの時期の虫の多さもドロームと同じかもしれない。
今回のキャンプでは、新しく購入したばかりのBYERのキャンプ用チェアが登場した。
無垢材を使った美しい椅子だが、そのままの状態でフィールドで使用したら、あっと言う間に泥まみれになってしまう。保護用にニスを塗ることにしたが、その美しさを保つためには当然透明ニスを塗った方が良い。
ところがこのニス塗りをかみさんにまかせたところ、色を付けた方が良いと言って色つきニスを買ってきた。そして私が仕事に行っている間にニス塗りをやったようだが、帰ってきてその椅子を見たら、真っ白な美しい無垢材の椅子が茶色のまだら模様で10年以上使い込んだような椅子に変わってしまっていたのである。
おかげで、キャンプに持ってきていくら泥まみれになっても大して気にならなくなったのは、かえって良かったのかもしれない。
夕方になってブヨもいなくなってきたので、まずはBYERの記念撮影をすることにした。かみさんが一番見栄えが良くなるようにシラカバ林の中に椅子をセッティングし、カメラマンの私が注文を出しながらそれを撮影する。
まるで、夫婦でコマーシャルフィルムの撮影ごっこをしているみたいだ。
そうこうしているうちに、ここのオーナーさんがミニユンボに乗ってキャンプ場に戻ってきた。近くに住むおばあちゃんの畑で手伝いをしていたとのことである。
土地を購入してキャンプ場をオープンするまでの苦労話を聞かせてもらったが、そんな苦労話をとても楽しそうに話しているオーナーがとても羨ましく思えた。
我が家が焚き火の用意をしていたのを見て、近くに積んである丸太を自由に燃やしても良いですよと言ってくれた。このオーナーもやっぱり焚き火大好き人間なのである。
家からも薪は用意してきていたが、これで残りを気にせず好きなだけ燃やすことができる。
早速焚き火に火を付けた。
そしてBYERの椅子に腰掛ける。座り心地は申し分なく、何と言ってもその座る位置の低さが、焚き火を楽しむにはベストポジションである。
焚き火台とこの椅子は、常にワンセットで持ち歩くことになりそうだ。
次第にあたりも闇に包まれてきた。
オーナーの掘っ立て小屋に明かりが灯っている以外は、当然場内に照明もない。シラカバ林の中は我が家の焚き火の明かりだけである。
頭上を見上げるとシラカバの梢越しに沢山の星が瞬いているのが見えた。ここは星を楽しむのにも最高のキャンプ場だろう。
薪が燃え尽きるのを待って眠ることにした。
翌朝は鳥の声で目を覚まさせられた。
時間はまだ4時前である。昨晩は9時に寝たとはいえ、さすがにまだ眠たい。しばらく小鳥の声を聞きながら微睡んだ。
朝日が昇ってくる気配が無いので外の様子を窺ったが、やっぱり空は雲に覆われていた。
太平洋からの湿った南風が吹く時は、この付近は何時もこんな感じの天気なのだろう。札幌付近は多分朝から快晴になっていると思うと悔しくなってしまう。
オーナーご自慢の、朝日に照らされたシラカバ林の姿を見るのは無理そうだ。
目も覚めたので、起き出して顔を洗いに行く。
炊事場はこれから作る予定とのことで、流し台までホースで水を引いている状態だ。水源は井戸水、その冷たさが心地よい。
ここの井戸なら川の伏流水を汲み上げているのだろうと思っていたが、オーナーの話では山から流れてくる地下水が水源となっているとのことである。
そう言われると、飲んでも美味しい気がする。
その井戸水でコーヒーを入れ、何時もどおりに朝の焚き火を楽しむ。そして頭上では野鳥の囀り。
我が家がキャンプ場に求めるものはそう多くはない。
静かに焚き火が楽しめればそれだけでも良い。できればそれに、良いロケーションと豊かな自然環境があれば申し分ない。
オーナーがやっと探し当てたというこの土地、キャンパーとして訪れたのは我が家が最初だという。
オーナーの隠れ家のような場所でひっそりとキャンプを楽しませてもらった、そんな気がする今回のキャンプだった。
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