尾岱沼キャンプ場での最後の朝、今日こそは朝日が楽しめるだろうと朝7時に起床。テントの窓を少し開けて海の方を見てみると既に太陽が顔を出していた。
慌ててカメラを抱えてテントを飛び出す。空は快晴、素晴らしい朝日だ。 尾岱沼に3泊して一度も朝日を見られなければ、帰るに帰られないところだった。
これで安心して次のキャンプ場に移動することができる。
今日はウトロのしれとこ自然村に泊まる予定だが、ここに決めるのにはかなり苦労した。最初の予定では尾岱沼に2泊して、後は札幌方面に近づきながら適当な場所で1泊ずつすることにしていたのである。
それが思わぬ3連泊となったので、どこか適当な中継地点を一ヶ所探さなければならない。候補に上がったのは虹別オートキャンプ場、YAMANONAKAカムイミンタラ、富里湖キャンプ場。できればこれまでに行ったことの無いキャンプ場に泊まりたい。
そうなると富里湖キャンプ場にほぼ決まりである。キャンピングガイドを見てもそれなりにロケーションも良さそうだ。
「最後は富里湖にでも泊まろうか。」
「う〜ん、良いんじゃないの〜。」
そんな会話を交わしながらも、二人とも今一乗り気でないのは明らかだった。
どうせ最後の日はひたすら札幌まで帰るだけの一日になるだろう。走るだけなら一日400km以上走ってもそれほど苦にもならないし、そうなれば無理して札幌に近いキャンプ場を探す必要もない。
そう考えた時に新しい候補地が頭に浮かんできた。
素晴らしい天気の下、知床の羅臼側を満喫することができたし、せっかくだから次はウトロ側も走破しておきたい。そうなると、ウトロ方面でオープンしているキャンプ場はしれとこ自然村だけ。しかも温泉付。
「よし!明日は知床自然村に泊まろう!
「うん!良いわね!」
かみさんの返事にも、先ほどまでと違って力が入っていた。
最後の尾岱沼での焚き火とコーヒーを楽しみ、朝食を終えて荷物の撤収にとりかかる。
最後にともさんご夫婦に挨拶をし、ウトロへ向けて出発した。
この日も快晴の天気だったが、昨日の澄み渡った青空と違って、全体に霞がかかった感じだ。国後島の姿もかすんで見えない。
これならば昨日の内にもっと知床の山の姿をカメラに納めておけば良かったと、ちょっと後悔した。
根北峠を目指して国道244号を快調に飛ばす。広々とした牧草畑、その中を真っ直ぐに伸びる舗装道路、そしてその先に聳える真っ白な山々、なかなか素晴らしい景観だ。
普通ならば知床峠経由でウトロに向かうところが、そちらが通行止めなのでやむなくこちらを通ることになったが、この道もなかなか捨てたものではない。
峠に登る前に、近くを流れる忠類川に寄り道した。カヌーを楽しむ人には名が知れた川だが、金山の滝付近の景観は一般の人でも楽しめるだろう。橋の上から見下ろす川は素晴らしいほどに透き通っていて、思わずそこにカヌーを浮かべたくなってくるが、我が家のレベルでは到底チャレンジすることもできない川である。
指をくわえて眺めただけで、そこを後にした。
峠を越えた後にも楽しみにしていた風景があった。雪を抱いた斜里岳の姿である。
しかし峠を越えても空にかかった薄い霞はそのままで、斜里岳の姿も何となくぼやけてしまいパッとしない。付近の畑では春起こしが始まったばかりのようで、あちらこちらでトラクターが忙しそうに動いている。
そんな農道の中をカヌーを屋根に積んでちょろちょろと走り回っていると、何となく働いている人達に申し訳ない気がしてしまう。
斜里町に着いたところで、一応確認のためにキャンプ場に電話してみた。場内に一部雪が残っているものの既にオープンしているとのことであった。羅臼の雪深さを前の日にに見ていたので、ちょっと心配していたが、これで安心してウトロに向かうことができる。
ここのキャンプ場では是非とも海側の景色の良い一等地を確保したかったので、観光は後回しにして真っ先にキャンプ場に向かった。
途中にあるオシンコシンの滝駐車場は観光客の車で溢れていて、そんな場所には見向きもしないで先を急ぐ。
午前11時過ぎにはキャンプ場に到着、早速受付を済ませる。
お風呂に入りますかと聞かれたので、当然入りますと返事をしたら、請求された金額は2,800円。
「た、高い!」
炊事場でお湯も使えるし、温泉にも入れるし、まあ民営のキャンプ場ならばしょうがないところか。
海側には先客のテントが既に一張り張られていたが、スペースは十分に空いている。好きな場所にテントを張ろうと思ったが、よくよく見るとそこら中がシカの糞だらけである。
一部に雪も残っていて、芝もまだ完全に乾いてはいない。結局テントを張れそうな場所は一ヶ所くらいしかなかった。
これまでの寒さがウソのように、テントを設営していると汗ばんでくるような暖かさだ。
そのうちにほんのりとアンモニア臭が漂ってきた。暖かな太陽の陽射しに照らされて、生のシカの糞からその臭いが立ち上っているようである。
昼食のスパゲティを食べてくつろいでいると、その糞の落とし主達がサイトの中までやってきた。
最近の道東はエゾシカの生息数が増えていて、出発する前に羅臼に住んでいたことのあるかみさんの姉から、車でシカを撥ねないように注意しなさいと言われていた。
ところがここに来るまで、エゾシカの姿はほとんど見かけていない。羅臼の崖の上と落石岬の遠くの方でチラリとその姿が見えただけだった。
もっとも、シカの足跡やシカに皮を剥ぎ取られた樹木の姿だけはそこら中で目に付く。
初めてのエゾシカとの接近遭遇で嬉しくなる。この辺ではいつもの風景みたいだが、私にとってキャンプ場の中でこれほどエゾシカと近づくのは初めての経験だ。
森の中で突然遭遇するような時は、その姿に感動したりもするが、ここの人慣れしたエゾシカを見ていると奈良公園のシカと同じような感覚で、シカ煎餅でも食べさせてやりたくなってしまう。
一息ついてから知床ドライブへ出かける。
羅臼岳から連なる真っ白な知床連山の姿に感動しながら、知床五湖の駐車場までやってきた。そこは既に観光客の車でびっしりと埋まっていて、有料駐車場受付では窓から顔を出していたフウマを見て「犬は遊歩道を歩けませんがそれでも駐車しますか?」と聞かれた。
こんな混んでいるところでフウマを歩かせる気はなかったし、人間の方も混雑が苦手なものだからそのままUターンすることにする。
その先はまだ除雪されていないので、岩尾別温泉へ続く道に入ってみる。適当な河原があったので、そこでフウマを放してやった。我が家の場合、人間も犬も観光地を歩くよりもこんな場所で遊んだ方が楽しいのである。
そこから帰る途中の道沿いでエゾシカの姿を見つけて、その姿を写真に撮る。このあたりまでは、まだシカの姿を見るたびに喜んでいたが、次第にそれは見慣れた風景に変わってしまい感動も薄れてくる。
次は知床自然センターに立ち寄って、そこからフレベの滝まで歩いてみる。フウマは疲れ気味みたいなので、車の中で留守番をさせておく。
そこの遊歩道はまだ雪に埋もれたままだ。森の中を抜けて草原に出ると、放牧でもされているかのようにシカの群れが草をはんでいた。
人慣れしたシカは、遊歩道のど真ん中で観光客から餌をもらっている。こうなるとマジで奈良公園の風景である。
フレベの滝自体は見るべきほどのものでもないが、その切り立った崖の間に響く海鳥たちの声の方に感動する。シーカヤックにのって海からここに近づくことができれば素晴らしい景観を楽しめそうだ。
帰り道に、シカに皮を剥ぎ取られてしまった森の木々の様子を見ていると、増えすぎたエゾシカによる食害がかなり深刻なものになってきているのが実感させられた。
ただでさえ厳しい自然環境の中で、これだけ樹木がダメージを受けてしまうとその再生も容易なものでは無いだろう。
このままでは知床の山は全てはげ山に変わってしまうのではと、とても心配になってくる。
キャンプ場に戻り、知床の海を見下ろしながら冷えたビールをグイッと飲んで、ようやく一息つくことができた。
ここのキャンプ場は、温泉が隣接し、海の眺めが良いことを除けば、特に居心地の良い場所と言うわけでもない。もちろん、周りを山に囲まれ観光地の喧噪からも離れているので、宿泊場所としては良いところだ。
実際に日中は主のいないテントが建っているだけで、夕方になると周辺の観光から戻ってきたキャンパーが増えてくる感じである。
ここの温泉はキャンパー以外の客も結構やってくるようで、車が混み合ってきた。空くのを待っていたが、そんな気配は全然ないので適当なところで温泉に入ることにした。
露天風呂からはキャンプ場と同じ風景を眺めることもできるし、なかなか良い湯である。
風呂から出ると、テントの数も増えてきていた。暗くなるとシカの糞も目立たなくなり、我が家が躊躇った場所でも平気でテントを張っている。
撤収する時にテントの下で潰れた糞を見つけて、ギャッと言うことになるのだろう。
我が家の直ぐ隣にもテントが張られた。我が家のテントから5m、いや、10m以内にテントが張られるなんて何時以来だろう。思い出せないくらいに昔のような気がする。
ひさしぶりの長期キャンプでかなり疲れ気味の様子の愛犬フウマも、かなり機嫌が悪そうだ。テントの中に入れておいても、周りの気配に反応して吠えるので、困ってしまう。
いつもは誰もいないキャンプ場で自由気ままにしているフウマだが、今回の尾岱沼では繋がれっぱなし、車での移動も多く、最後はこんなに混雑した場所に連れてこられたのだから、不機嫌になるのも当然だろう。
寝る時にはフウマだけを車の中に入れなければダメかなという気がした。
キャンプ場に戻った時から空は雲に覆われていたが、その雲から突然雨粒が落ちてきた。それでも西の空には青空が見えているのでそれほど気にもならない。
かえって美しい夕日が楽しめそうだ。
やがてその雲も薄くなって太陽が顔を現し、キャンプ場が西日に照らし出された。
ちょうどキャンプ場から見える海の部分に太陽が沈むようである。太陽が水平線に近づき、西の空が赤みを帯び始める頃、キャンパー達が夕日のよく見えるキャンプ場の端に集まってきた。
夕食中だった我が家も慌てて食事を済ませて、そこに加わる。
キャンプ旅行の最終日を飾るのにふさわしい、素晴らしい夕日を楽しむことができた。
その後はキャンプ最後の焚き火を楽しむことにする。
次第に風が強くなってきたが、ちょうど山側から吹いてくる風なので、テントの前の崖っぷちで焚き火をすれば他のキャンパーに迷惑をかけることもない。
かみさんが風呂に入りに行ったので、次第に暗くなっていく海の様子を楽しみながら一人焚き火の前でワインを飲む。
暗くなった空では星が瞬きはじめた。
風呂から上がったかみさんも、湯冷めしないように完全武装をして満点の星空を楽しむ。
周りのテントは既に暗く、旅行者キャンパーは寝るのも速い。一組だけ、シーカヤックのグループが宴会モードに入っているのが気になったが、自分たちもカヌークラブの例会の時は同じようなものなので、まあしょうがない。
このグループの中に、去年の旭川でのカヌー大会の時に見かけた顔が混ざっているような気がして、翌日話しかけてみたらやっぱり某カヌークラブの皆さんだった。
一時は車の中で寝かせようと考えたフウマだが、可哀想なのでインナーテントの中で一緒に寝かせてやることにする。やっぱりフウマもその方が安心出来るみたいだ。
テントに入ると、酒の酔いとキャンプの疲れで、その話し声も気にならずに直ぐに眠ってしまった。
夜中に突然、テントが飛ばされそうになるくらいの風で目が覚めた。
常に強風が吹いているわけではなく、時々突風が吹き付けてくるのだ。ゴーッという音が山の遠くの方で鳴り始め、その音が次第に大きくなって近づいてくる。
まるで山の上から風の固まりが転がり落ちてくる感じだ。
こんな風は、羊蹄山とピンネシリに泊まった時の2度ほど経験している。ピンネシリの時は、アウターテント部分が吹き飛ばされかかったりもしている。
尾岱沼の時は最初から風が強かったので6本のロープを張っていたが、ここでは手を抜いて4本しか張っていない。外に出したままのたき火台も心配だ。風に飛ばされたらそのまま崖下まで転がり落ちてしまう。
そんな心配をしながらも、眠たくてなかなかシュラフから出る気になれない。そのうちにかみさんが起き出して外の様子を確認してくれたみたいなので、安心してそのまま再び眠りについた。
朝になっても風は強いままだった。
その風が幸いしたのか、テントの中は全く結露もしていない。今日は札幌に帰るだけなので、目が覚めたらそのままシュラフなどを片付けてしまって、それから外に出る。
風が強いので最後の朝の焚き火は無理そうだった。
札幌から大きめの段ボール箱に焚き火用の薪を詰めて持参していたが、ほとんど現地調達で済んだので半分くらいは残ったまま。最後の朝に燃やし尽くそうと思っていたのに、結局また札幌まで持ち合える羽目になってしまった。
朝食も済ませて全てを片付け終えた時、時間はまだ朝7時を過ぎたところだ。
風に始まり風に終わった今回の道東キャンプだったが、我が家の何時もどおりのキャンプを楽しめた気がする。
最後に人の少ないオシンコシンの滝をのんびりと見学してから、札幌への長い帰路についた。
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