5cmほどの新雪が新たに積もっているので、真冬と同じような美しい雪景色が広がっている。
一応スノーシューも用意してきたけれど、新雪の下の雪面は堅く締まっていて、長靴のまま歩いても埋もれることはない。
真冬の雪景色と春先特有の堅雪、またとない両方の条件が揃い、ソリを引きながらニンマリと笑みが浮かんできてしまう。
我が家が毎回テントを張っている場所は、全体にやや傾斜していた。こうなると、堅雪がかえって禍し、雪を踏み固めて平らに整地することができない。
その奥、岬状に湖に突き出している先端部分にちょうど平らな部分があったので、そこまで荷物を運ぶことにした。
荷物をコンパクトにすると、少しくらい距離が遠くなっても自分の気に入った場所にテントを張れるのが嬉しいところである。
雪が堅いので、設営も楽だ。20分ほどで設営を完了、やや風が強かったので張り綱も張ることにした。
かみさんのアドバイスに従い、ビニール袋に雪を詰めてそれを埋め込みペグ代わりにする。初めて使う方法だが、かなりの強風にも堪えられそうなくらいにしっかりと効いていた。
設営を終えて、ビールで乾杯。零度くらいの気温だが、それでもやっぱりこんな時に飲むビールの味は格別だ。
フウマは周囲の臭いを嗅ぎまわり所々にマーキング、テントの周囲半径50mを自分の縄張りに設定し終えたようである。
時々広い雪原を思いっきり疾走しては、その自由さを満喫している。
私も童心に返って、急斜面をソリで滑り降りてみることにした。これがかなりスリルがあって面白いのだが、かみさんはあきれ顔で見ているだけ。フウマだけが一緒になって遊んでくれた。
改めてテントの周辺を眺めてみると、これまでよりもマツの木の本数が減っているみたいだ。去年の台風で何本かが倒れてしまったのだろう。
それに幹の途中で折れてしまっているマツも結構ある。台風18号が朱鞠内湖に残した傷跡も結構大きいようである。
4時頃からは釣り時間の終了と駐車場の閉鎖を告げるアナウンスが流れはじめた。
ソリを引きながら駐車場に戻る人々の姿が、我が家のテントから見下ろせる。スノーモービルが轟音を響かせて、釣り客の送迎のために湖上を行き来している。
いつもの見慣れた朱鞠内湖の冬の風景だ。
そうして釣り客が全て帰り終えると、湖に静けさが戻ってきた。いよいよ我が家だけの時間の始まりである。
朱鞠内の空を覆っていた暗い雲も次第に薄くなり、西の空に沈む太陽の光がテントサイトまで射し込んできた。
これならば満月一日遅れの月の出も楽しめそうだ。
今回の夕食のメニューはしゃぶしゃぶである。メニューを提案したのはかみさん、冬の締め切ったテント内でしゃぶしゃぶをすればどういった結果になるか、ちょっと、いや、かなり不安はあったが、余計なことを言うと「それじゃあ貴方が別のものを考えなさいと」と開き直られるのがオチなので、素直にかみさんの案に従うことにした。
いつもの冬キャンでも、どっちみちテント内は酷い結露になっているのだから、しゃぶしゃぶをしてもしなくても大した違いはないだろうと考えたのだ。
でもやっぱり、夕食を食べ終えた後のテント内は酷い結露に覆われてしまった。そのまま放っておいたら天井から水滴が降ってきそうなので、雑巾でその結露を拭き取る。
テントの外に出ると空にはいつの間にか星が輝いていた。オリオン座の姿でも撮そうと思い、カメラを準備していると急に雲が広がってきた。そしてそのうちに雪まで舞い始める。
これでもう月の姿は望めないかと諦めかけたが、早くも西の空には雲の切れ間も見えてきている。本当に変わりやすい天気である。
そうしてようやく雲の陰から月が昇ってきた。
雪に覆われた朱鞠内湖の湖面が、月明かりに照らし出され白く輝いている。
家にいたら絶対にこんな風景を見ることはできない。寒い思いをしてでもキャンプに来るのは、こんな風景に出会うためなのである。
それにしても、明るすぎる場内の照明がじゃまくさい。次にこんな機会があれば、月明かりに照らされた朱鞠内湖の湖上を、街 灯の光が届かないずーっと遠くまで歩いてみたいものだ。
やがて空は、再び雲に覆われてしまった。
眠る前に、試しに管理棟のトイレに行ってみることにした。明かりは灯っているけれど、どうせ鍵がかけられているのだろう。ところがトイレのドアはすんなりと開き、その中は暖房が入っていてとても暖かだった。
暖房は凍結防止のために入れっぱなしなのだろうが、鍵だけはかけているはずだ。我が家のために漁協の方が気を使ってくれたのかも知れない。感謝しながら、温かなお湯で歯を磨いてテントに戻った。
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