今回のキャンプは、カヌークラブの例会に合わせて歴舟川のカムイコタンキャンプ場泊と言う事で、何の迷いもなく決定。
とは言いながら、近くにある札内川園地キャンプ場にも少し魅力を感じていた。
ここは以前から興味を持っていた場所で、一度は泊まりたいキャンプ場の上位に入っているキャンプ場でもある。
しかし、札幌からは遠いので、何かの機会を利用しないとなかなか泊まるチャンスがないのだ。
そんな迷いが有ったものの、今回の例会は道内の他のカヌークラブとの合同例会という事にもなっていたので、カヌーイストの知り合いを増やすために素直に歴舟川に泊まる事にした。
途中、清水町の実家に立ち寄る。
焚き火用の薪を少しもらうだけのつもりが、一緒に集まる皆さんにも食べてもらいなさいと、マイタケの炊き込みご飯とか、手作り羊羹とか、旅行のお土産の温泉まんじゅうとか、お菓子とか、缶コーヒーとか、どっさりと持たされてしまった。
邪魔になるだけだとは思いながら、年寄りの言う事は素直に聞かなければならないので、困ってしまう。
天気はまずまず、ただ、明日は朝から雨が降ると言う予報が気がかりであった。
キャンプ場へ着いたのは午後2時頃、河原のサイトはテントだけが沢山張られているものの、人影はほとんど見あたらない。
クラブで予約してあるサイトには、5m四方のビッグタープが三つも連結され、巨大な宴会場が作られていた。Sさんの奥さんが一人でそこで留守番をし、一生懸命イスを並べている。
今日は、希望者だけが12時過ぎに集合して、上流のヌビナイ川を下るという予定になっていたが、結構な人数が集まったみたいだ。
団体キャンプでも、せめてテントを張る場所くらいにはこだわりたい。
できれば川に近い方のサイトが良かったのだけれど、先着のメンバーに取られてしまい、空いているのは宴会場の隣のサイトだけ。さすがにそこにテントを張るのは恐ろしく、諦めて奥の方のサイトを確保することにした。
テントを張り終えると、後は何もすることがない。
奥さん達が数名残っているだけで、男達は皆、川へ出かけてしまっているのだ。
かみさんは夕食の仕込みに入っているので、誰も遊んでくれる人もいなくて、一人寂しく河原にイスを出してそこでビールを飲む。
これなら、もっと朝早く家を出て、実家にも寄らないで、今日の川下りに参加すれば良かったと後悔してしまう。
退屈なので焚き火を始めることにした。
薪は実家から沢山持ってきたし、河原を歩けば手頃な流木が沢山落ちている。夏を過ぎた今時期でもこんなに流木が残っているのが不思議に感じたが、その理由は翌日になって明らかになるのだった。
5時を過ぎる頃、ようやく川の上の方からカラフルなカヌーの一団が、どんぶらこっこと流されてきた。
楽しそうな笑顔の人、やっとの思いで岸に這い上がってくる疲れきった表情の人、何事も無かったように飄々と下ってくる人、カヌーに穴が開いたと嘆いている人、最後の落ち込みで素沈する人、それぞれがヌビナイ川をたっぷりと堪能してきたようである。
聞くところによると水量も少なめで、かなり岩が出ていたとのこと。我が家のアリーではもっとも苦手とする状況だ。
これでちょっとだけ、下れなかったことに対するあきらめがついた。
タープの下にもう1基焚き火台をセットして、そこでも火を燃やすとタープの下がほんのりと暖かい空気につつまれた。3連結のタープの中央には飲みきれないくらいの生ビールサーバーがセットされ、各自が持ち寄った美味しい食べ物が次々と出てくる。
最近になってようやく、こんな感じの団体キャンプにも慣れてきたので、我が家では少し毛色を変えておでんを用意してきた。
これは結構評判が良かったのだけれど、もっと毛色を変えようと用意したおしるこは売れ行きが悪いみたいだ。
もっとも、皆が酒を飲み疲れた深夜になってから、この売れ残ったおしるこを発見した人が、「何でこんな場所におしるこがあるんだー!」と、いたく感激して食べてくれたそうである。
途中で1台の車が到着した。それと同時に一斉に巻き起こる「マーイタケッ、マーイタケッ」のコール。
い、一体何事だと思ったら、合同例会に参加しているガンネルズというカヌークラブのメンバーが、この日の朝に採れたばかりの天然舞茸を届けに来てくれたのである。
見つけた人があまりの嬉しさに踊り出すというのが舞茸の語源という説もあるが、舞茸が届いただけでこの騒ぎ。そしてそのバター炒めが出来上がった時に、一斉に踊るようにその回りに集まってくる人達を見ていると、この説の正しいことが良く解った。
栽培ものとは全く違う食感、そしてその味、さすがきのこの女王である。
楽しい宴会が続いたが、心配なのは明日の天気である。
今回の例会には久しぶりに、クラブの前々会長のNさんが参加していたが、このNさん、完璧な雨男とのもっぱらの評判である。Nさんが会長の時の例会は、ことごとく雨に祟られたのだとか。
今回もNさんの偉大な力によるものなのか、明日は全道的な雨の予報が出ている。
皆の心配をよそに、そのNさんは絶好調である。
一滴もお酒を飲んでいないのに、キュウリを持たせれば2本を口にさしてのナウマン象ポーズ、差し入れで届いたお菓子のワッフルを持たせれば「1、2、3、ワッフル、ワッフル」と、あまりの可笑しさにかみさんも笑い転げている。
いつの間にか12時を回っていたので、いつまで続くか解らないような宴の輪を抜け出して、一足先にテントに入った。
いつの間にかキャンプ場は霧に包まれ、近くの橋の街灯が幻想的な光を放っていた。
テントを叩く雨音で目が覚めた。
久しぶりにテントの中で聞く雨音である。これが結構、心地良い音なのだが、今日の川下りのことを考えるとちょっと憂鬱になってしまう。
それでも、この雨音を聞きながら暖かなシュラフの中で微睡んでいるのは、何とも言えずに気持ちが良い。
もう少しその時間を楽しんでいたかったが、かみさんが起き出したので私も起きることにした。
朝の6時なのに、昨夜我が家が寝る時にまだ宴会を続けていたメンバーが、既に起きているのには驚かされた。昨日だってヌビナイ川を下って疲れているはずなのに、恐るべき体力である。
朝食を食べる頃にはあたりが急に暗くなり、雨脚も強くなりはじめた。タープの縁から滝のように水が流れ落ちてくる。ビッグタープのおかげで、濡れることもなくゆっくりと朝食を食べられるが、その回りは水浸しだ。
心配になって我が家のテントを見に行ったが、道路からの水が我が家のサイトに流れ込み、池のようになっている。
それでも、寒冷前線の雨なので、回復も早いだろう。
Nさんが、空知川の落合を下る予定があるとかで、朝食を食べると直ぐに車で出発していった。
それを待っていたかのように雨も上がった。さすが、本物の雨男と言われる所以だと感心してしまう。
川の水も、少し濁りは出ていたものの、それほど増水もしていなくて、今日は快適な川下りが楽しめそうだ。
しかし、片づけを始める頃になってチラッと川の様子を窺うと、いつの間にか濁りが強くなっていた。上流の山に降った雨の影響は直ぐには現れないものである。
みるみるうちに、キャンプ場の前に広がっていた河原が水に侵食されていく。いい加減のところで増水が止まってくれないと、今日の川下りが怪しくなってしまう。
そんな望みもむなしく川の水位は増え続け、2時間後には河原はほとんど濁流の下に消えてしまった。上流からは、まだ新しい葉の付いた倒木が次から次へと流されてくる。
川の増水がこれほど急なものとは、正に驚きである。
「増水した川の中州に取り残されて・・・」などといったニュースを聞く度に、「どうして増水し始めた時に逃げなさないんだろう?」なんて軽く考えていたが、この増水の早さを目の当たりにすると逃げ遅れるという状況がよく解る気がした。
例会の川下りは、10時スタートということになっていたが、さすがにこの状況ではどうしようもない。昼頃まで様子を見て、最終判断することになった。
キャンプ場の前の、いつもはトロ場になっているような場所に人の背丈以上の大きな波が逆巻いている。その2時間前とのあまりの変わりように、呆然としながらその波を眺めていると突然、1艇のカヤックが荒れ狂う川の上に漕ぎ出していった。
そしてそのまま巨大ウェーブの中に突入して、サーフィンにチャレンジするつもりらしい。しばらくの間、波に乗ったかに見えたが、強い水流に飲み込まれるように直ぐに濁流の中に飲み込まれてしまった。
しかし直ぐにロールで立ち直り、横のエディにエスケープする。そしてまた再チャレンジ。
他のカヤックも次々にその波に向かって漕ぎ出していく。皆、ドッグパドルのメンバーらしい。我が家も一度このドッグパドルのスクールを受けたことがあり、見知った顔もその中に混じっていた。
上流から流れてくる流木を、岸からのホイッスルの合図で避けながら、順番に大波に突っ込む。
こちらは突然の大増水にガックリとしているというのに、彼らは逆に大喜びみたいだ。
その様子を見ているうちに次第に水が引き始めたようである。今まで水が被っていた場所には小さな流木が沢山転がっていた。ちょっとした雨が降るたびにこれだけの流木が補充されるのならば、何時来ても焚き火用の薪が拾えるわけである。
水が引き始めたとは言っても、水の濁りは直ぐには消えない。それに2時間で増水した水は、2時間で完全に元の状態まで戻るわけではない。まだまだ川の中州は水没したままの状態だ。
それでもクラブの例会は、水が引いてきたので12時にスタートするという話しだ。それも、下る区間は歴舟川上流の坂下仙境からだという。
「ちょ、ちょっと待ってぇー」
キャンプ場から下流ならば、これだけ増水していても我が家のレベルで何とか下れそうだが、上流はちょっと話が別だった。
下見をしてきた人の話では、エディがほとんど無いので沈したら数百メートルはそのまま流されるだろう、とのことである。
かみさんは、泣き出しそうな顔で絶対に嫌だと騒いでいる。こんな濁った川で泳ぎたくないと言うのだ。相棒がこの状態では下る気にはなれない。ついに我が家だけリタイア宣言をしてしまった。
それで少しホッとした気にもなったが、それ以上に胸の中は悔しさで一杯である。
札幌からはるばるやってきて、一度も車からカヌーを降ろすことなく帰ってしまうなんて、一体何しに来たのだろう。
「自分で危ないと思ったときは止めておいた方が良いよ」とベテランメンバーの方が声をかけてくれ、それで少し救われた気がした。
川下りスタート地点まで皆を見送りに出かける。
そこは、水は濁ってはいるものの、拍子抜けするくらい穏やかな流れに戻っていた。一度はきっぱりと諦めたはずなのに、また後悔の念が湧き上がってきた。
そこの岸辺で、皆の姿が見えなくなるまで見送る。遠くの方の白波のたつ場所で1艇のカヌーがひっくり返ったように見えた。
キャンプ場へ戻ってくると、雲間から現れた太陽の光に主のいないテントやイスが照らし出され、余計に寂しさを感じてしまう。
最後に残ったテントを車に積み込んでキャンプ場を後にする。
何時も川下りの後は、体は疲れ切っているものの、心の中は気持ちの良い充実感に満たされ、ハンドルを握っていても気持ちが良い。
ところが今回は、心の中には虚しさしかなかった。札幌までの距離が途方もなく遠く感じてしまう。
二度とこんな思いは味わいたくない、そう考えながらハンドルを握り続けた。
後日談
後になって下り終えたメンバーの話を色々と聞いてみると、かなり悲惨な状況だったようである。
それでも、怪我をしたりカヌーを壊したりもすることなく(デジカメを川の中に置いてきた人はいたようだが)、全員無事に下り終えたと言うことだ。
滅多にできないような経験、千載一遇のチャンスを逃してしまった気がする。
それでも、もし我が家も下ったとしたら、果たしてアリーは無事だったろうか?
その答えは川の女神しか知らないのだろう。 |