次のキャンプは秋になってから、6月の道東キャンプ旅行から帰ってきてそう宣言したはずだった。
息子がキャンプへ付いて来なくなってからは、無理して夏休みの混雑シーズンにキャンプをする必要はない。
どこへ行っても混んでいるし、虫も多い、気温も30度を超せば水辺のキャンプ場以外で快適に過ごすことは不可能である。
キャンプやカヌー仲間でのキャンプの予定がなければ、好きこのんで夏のキャンプへ出かける理由は全く無いのだ。
ところが、7月に入っても全然夏らしい天気にならない。後で知ったのだが、道内の7月の平均気温は記録的な低さだったとか。
夏が終わるまでもうキャンプへは行かない、でも、肝心のその夏が来なければ一体どうしたら良いんだ?
この時期にキャンプへ行った人達からも、全然空いてましたよー、なんて報告が次々と届けられた。
そうして極めつけだったのが、7月最後の週末に朱鞠内湖に泊まっていた方からの某BBSへのリアルタイムの書き込み。
「今朱鞠内湖にきています、昨夜から泊まっている方は10組程度、鳥の囀りとライズの音がとても心地よく朝のコヒーを味わってます。」
「ちなみにただいま快晴、そよ風が心地よくビールが美味い。」
「こちらは静かな静かな夜です焚き火のはぜる音とランタンの轟音しか聞こえません。」
「湖の水温が大変高く明日の朝は霧がたち込めていそうで楽しみ(^^♪」
ムムムッ!どうなっているんだ!小学校も夏休みに入った天気の良い週末のキャンプ場だぞ!そんな快適なキャンプができるはず・・・・
同じ頃の見聞録BBSでの書き込み。
「来週は湖水祭りの花火を見に行きます。これは毎年恒例。テントは第3キャンプ場に張るのでかなり静かです」
な、なに!湖水祭り当日なのに静かだって!!
「道中のそば畑も今が1番きれいじゃないかしら。山は緑が濃くて、車も人も本当に少ないです。」
もうダメだった。急遽予定を変更して次の週末は朱鞠内湖へ行くことに決めた。
かみさんにそっと提案したところ、「な、何でそんなお祭りをやっているような所へわざわざ行くわけ!」
「だ、だって、花火見たいし・・・、蕎麦畑の花が咲いてるのも見たことないし・・・、そ、それに、結構空いているんだって・・・」
渋々と了解してくれた。本当は今度の週末は息子の弓道の大会を見に行くことになっていたのだ。
出発当日の朝は雨が降っていた。翌日の天気予報も全道的に雨模様とのことである。
でも、今日の天気は午後には回復してくるとのことなので、蕎麦の花と花火さえ見られれば翌日が朝から雨だったとしても不満はない。
小降りになった雨の中を朱鞠内湖へ向けて出発した。
幌加内まで行かなくても、高速道路からはあちらこちらで蕎麦の花が咲いている風景を見ることができる。
最近は蕎麦ブームで、作付けするところも増えてきているのだろう。
わざわざ幌加内まで行かなくても十分だったなー、なんて考えながら車を走らせていたが、幌加内の町の近くまでたどり着いて、その考えが間違っていたことを思い知った。
蕎麦畑に囲まれて、幌加内の町外れの家並みが、ポツンポツンと白い海の上に浮いているような感じだ。
白と言うよりも白緑と表現した方が良いのだろうか。初めて見る不思議な風景だった。
車を止めてゆっくりとそんな風景を撮影したかったが、少しでも早くキャンプ場について一等地を確保しなければ、という思いに駆られて、ひたすら走り続ける。
いつものように幌加内町のほろほろ亭で蕎麦を食べて、直ぐにまた朱鞠内を目指した。
12時半頃に朱鞠内湖へ到着して受付を済ませる。
受付では湖水祭りの抽選券をもらった。花火大会の前に抽選会もあるみたいで、また一つ楽しみが増えた。こんな時って意外と何かが当たりそうな気がする。
第2サイトには目もくれずに、そのまま第3サイトに向かった。
炊事場の近くに大きなキャンピングカーが止まっている以外にテントの姿が見えない。エーッ!ウソでしょ!
直ぐに、我が家の最近のお気に入りの場所、第3サイトの横に半島状に突きだした部分の先端まで降りていった。
残念ながらそこでは先客がテントの設営中である。タッチの差だったみたいだ。
しょうがないのでそこの上の方にテントを張ろうと思ったが、かみさんが気に入らないといった表情を浮かべている。
我が家の場合、サイトを決める上では常にかみさんの意見優先なので、とりあえず第3サイトの方に戻ることにした。
ところが、第3サイトの一番湖に近い場所もやはり既に先客に占領されていた。
我々よりも先に来ていたテントキャンパーはその2組だけだったのだが、一番良い場所と2番目の場所を見事に確保されてしまってはどうしようもない。
車を停めてしばらく迷っていると、かみさんが「この場所で良いんじゃないの?」
そこは第3サイトの湖岸部分では一番奥になる場所だ。
以前からちょっとだけ惹かれていた場所ではあるが、そこからでは花火が見えづらいかもしれない。でも、どっちみち抽選会があるので会場まで行かなければならないのなら、場所はどこでも良いか。
何となくすっきりしないが、かみさんの意見に従ってそこにテントを設営する。
設営が終わる頃、「でも、この場所って人が増えてきたら結構うるさくなりそうだね・・・」とポツリ。
すると、「何いってるの!今更そんなこと言ったってしょうがないでしょ!!」とかみさん。
「は、はい、そのとおりです。もうブツブツ言いません。」
私の場合、キャンプ場に来てテントサイトを決めるときは、ものすごく優柔不断な男になってしまうのだ。
朱鞠内湖の水位はかなり下がっていた。
我が家のサイトから見える湖の奥の部分、湾のようになっていてカヌーでしか近づけない場所だが、そこは完全に干上がってしまっている。
こんなに減水した朱鞠内湖を見るのは初めてだった。
早速カヌーに乗ることにしたが、水位が低いため、カヌーを出すためには崖のような急斜面を降りなければならない。
途中で転んだりしたら、そのまま湖の中まで転がっていきそうな感じだ。
何とかカヌーに乗り込んだが、足元が悪いのでカヌーの中も泥だらけになってしまった。
水が干上がった岸辺では、それまで水中に隠れていた切り株が顔を出し独特の風景が広がっている。
満水時の朱鞠内湖も美しいが、こんな風景も如何にも朱鞠内湖らしい。
じっと見ていると、そんな切り株達が動き出しそうに見えてきて面白い。
対岸にカヌーを着けると、フウマが真っ先にカヌーから飛び出した。切り株の林の中を楽しそうに走り回っている。
そして戻ってきた姿を見てガックリ、見事なまでに泥まみれになってしまっていた。
そのままカヌーには乗せたくないので、一度湖の中で泳がさせたが、状況にたいして変わりはない。まあ、しょうがないか。泥舟のような状態になってサイトまで戻ってきた。
カヌーから戻って来たらいつの間にか周りがテントだらけに、そんな状況を心配していたが、それこそ取り越し苦労だった。
増えるどころか、キャンピングカーは居なくなっていたし、湖側先端にテントを張っていたキャンパーも帰り支度をはじめた。
焦らないでもっと遅い時間に到着していたら、そこにテントを張れたのに・・・。
もしも軽装備だったらその跡にテントを引っ越したかもしれないが、今回は翌日の雨に備えてタープまで張っていたので、さすがにそうもできない。
しばらくしてやって来た別のキャンパーに、その場所は再び占領されてしまった。
女性ばかり5人のグループ、お母さんとその子供達、いや、子供にしては人数が多いので友達も一緒なのだろうか。
彼女たちの楽しそうな様子を見て、最近は男の子より女の子の方がアクティブだなー、なんてかみさんと話をしていた。
後で知ったのだが、そのお母さんこそ私に朱鞠内湖キャンプを決断させてくれた見聞録BBSへの書き込みの本人、私のサイトとも相互リンクしていただいている「Mailto
幌加内」のKさんだったのである。
前回の屈斜路湖キャンプの時と言い、最近はこんなパターンが増えてきた。
結局、その後炊事場付近にグループキャンパーが1組やって来ただけで、8月の週末、しかも湖水祭りが開かれているという状況の中で、第3サイトのたたずまいはシーズンオフのそれであった。
これまで気温が低かったせいか、蚊やブヨもほとんどいない。たまにスズメバチが巡回してくるくらいだ。
おまけにビールもめちゃくちゃに美味しい。
今時期でこんなに快適なキャンプができるなんて。何だかキツネにつままれたような気がする。
時間を見るともうすぐ前夜祭が始まる時間だった。
その始めに餅まきをやることになっていたはずだ。しかし、まだバーベキューの途中だった。でも、餅まきにも行ってみたいし。
「ねー、ちょっと餅まきに行ってみない」
「エーッ!そんなものに行く気?まだ炭も残ってるわよ!」
「う、うん、まあー別に良いんだけど...」
私の場合、餅まき経験ゼロなのである。テレビなどでたまにそんな様子を見るくらいなのだ。
生まれて初めての餅まき体験・・・。
「ねー、やっぱり行ってみようよー」
「まだそんなこと言ってるの、また後から花火も見に行くのよ」
「だ、だってー、餅まきって見たこと無いんだもん、行きたいよー、行くー、行くったら行くー、いぐーっ、ぜったいいぐーーっ」
最後はほとんどだだっ子状態である。
あきれたかみさんは渋々付き合ってくれることになった。
第2サイトとへ続く道路は結構な坂道だ。息を切らせながら最後の坂を登り切ると、とても第3サイトと同じキャンプ場だとは思えないような別世界が広がっていた。
これぞまさしく夏のキャンプ場といった雰囲気だ。ずらりと並んだテントとランタンの明かり、走り回る沢山の子供達の姿。
もしかして、こんな雰囲気を味わいたくてみんなキャンプへ来ているのだろうか。
これが、薄暗くて回りに誰もいない静かなところにテントを張ったとしたら、寂しくて全然楽しくないキャンプになってしまうのかも知れない。
静かにすごしたいキャンパー、賑やかな中で楽しみたいキャンパー、こんな棲み分けが一つのキャンプ場の中でできてしまうのが、朱鞠内湖の懐の深いところだ。
そこからもう一つ谷を越えて、やっとイベント会場にたどり着いた。危うく餅まきの時間に遅れるところだった。
フウマをかみさんに預けて、急いでやぐらの回りの人並みの中に入ってい行く。
すぐに餅が撒かれはじめる。飛んでくる餅を腕を伸ばしてキャッチ、こんな時に背が高いのは有利だ。地面にも餅が沢山落ちたので腰を曲げて拾おうとしたら、あっと言う間にそこの餅は無くなってしまった。エッ!信じられない早さだ。上と下を両方狙おうというのは甘いかも知れない。低い位置で待ちかまえる奴らに対して、こちらは空中作戦で対抗することにした。たかが小さな餅を拾うために大人も子供も目を血走らせながら必死になっている。他人を思いやる気持ちなんてこれっぽっちも無い。完全な弱肉強食の世界、なんてあさましい奴らだ。でも、とっても楽しい。
やがて用意した餅は全て無くなってしまったようだ。
それと同時に、回りの殺気だった雰囲気はすーっと無くなり、みんなの顔に満面の笑顔が浮かんだ。
「ワーイッ、四つも拾っちゃったもんねー。」
私もニコニコしながら、かみさんのところへ戻った。
横を見ると袋一杯に餅を入れている奴がいる。こいつめ、どんな汚い手を使いやがったんだ。
喧噪の中から、静まりかえった我が家のテントサイトまで戻ってきた。
まだ燃え残っていた炭に新しい炭を追加し、バーベキューの続きを始める。静かにビールを飲んでいると、歌謡ショーの歌声が森の奥から聞こえてきた。
鳥の声を聞くキャンプも良いが、たまにはこんなキャンプも楽しい。夏の臭いがした。
一息ついて、再びイベント会場に向かう。急に人の数も増えたような感じだ。
お目当ての抽選会、我が家の番号は37と45、多分数百番くらいの中からの抽選だろうから、当たる確率も高そうだ。
景品がもらえるのは20人、ワクワクしながら最初の数字が読み上げられるのを聞く。
「最初の番号は2○○○番でーす。」
おいおい、どこからそんなに人が集まってきたんだ?
ガックリして花火に期待を寄せることにした。
以前は、札幌市で3週連続で行われる花火大会はもちろん、近郊の花火大会にまで足を伸ばすような花火大好き家族だったのに、ここ数年一度も花火大会へは行っていない。
抽選会が終わると同時に花火の打ち上げが始まった。
都会での花火と違って、真っ暗闇の空で花開く花火は本当に美しい。
大音響が朱鞠内の山々へ響き渡る。これまで静かな森の中で暮らしていた鳥や動物たちにとっては大迷惑なことだろうが、今夜一晩だけは我慢してほしい。
30分の花火大会はあっと言う間に終わってしまった。
満ち足りた気分でサイトへ戻る。
夜になってもTシャツ1枚で寒さを感じない。最近は寒い時期のキャンプへしか行っていないので、こんなことがとても新鮮に感じる。
こんなに暖かい夜なのに、かみさんは「何で薪を用意してこなかったのー!」と、焚き火ができないのが口惜しそうな様子だ。
途中でキツネも遊びに来た。そのキツネはフウマに追い払われてしまったが、こんなに静かな夏の夜、やっぱりキツネにつままれているのだろうか。
いつものキャンプの夜よりもちょっとだけ夜更かしをして眠りについた。
朝起きると、心配していた雨こそ降っていなかったが、今にも雨粒が落ちてきそうな空模様だった。
それでも、湖面は鏡のように静まりかえり、何時も通りの素晴らしい朱鞠内湖の朝である。
その静かさを破るのは、ときおり魚がライズする音だけだ。
まずはコーヒーを沸かし、湖畔にイスを移して、目の前に広がる朱鞠内湖の姿を眺めながら至高のコーヒータイムを楽しむ。
次は朝の湖上散歩である。
湖にカヌーを浮かべると、小さな波が回りに広がっていった。
なるべく波を立てないように静かにパドリングする。
遠くの山並みは白く霞み、空と湖が境目もなく繋がったような不思議な感覚に包まれた。
水面に少しだけ顔を出した切り株が、宙に浮かんでいるように見える。
私たちを乗せたカヌーも、宙に浮かぶように朱鞠内湖の上を漂った。
そんな夢の世界で時間を過ごしていると、ほんのかすかな風を頬に感じた。
ふと気が付くと、さっきまで周りの風景を全て映し込んでいた朱鞠内湖の湖面にさざ波が立ち始めていた。
そのおかげで、やっとサイトに戻る気になった。もしもそんな風が吹いてこなかったら、永久に朱鞠内湖の上をさまよい続けていたかも知れない。
朝食の準備を始める前に、テントだけは片付けて置くことにする。
雨に備えて久しぶりにタープまで張ったのに、それが役にたたず、ちょっと 拍子抜けした感じだ。
そのタープだけを残して片づけを済ませ、後はゆっくりと朝食をとる。
昨日の餅まきでゲットした餅は、そのまま雑炊に入れて美味しくいただいた。
急に鳥の囀りが賑やかになった。
いつもより鳥の声が少ないなと思っていたのだが、ちょうど群れがサイトの隣りにやって来たみたいだ。
そんな小鳥たちに別れの挨拶をして、最後に残ったタープの撤収も完了、時間は8時半だった。
それを待っていたかのように雨が降り出した。
雨に濡れる覚悟はしていたが、まさか一つも濡れずにキャンプ場を後にできるとは、本当にラッキーである。
「まだキャンプ場に残っている沢山のキャンパーの皆さん、雨の中の後片づけ、頑張ってねー。」
そんなそこ意地悪いことを考えながらキャンプ場を後にした。
帰り道はゆっくりと蕎麦畑でも見ていこうと思っていたが、次第に雨あしも強くなってきた。
これじゃあ写真も撮れないなーとぼやきながら車を走らせていると、坂道の上から一瞬だけ美しい蕎麦畑が遠くに見えた。
でも、坂道を降りてしまうと道路わきの木や背の高い草が邪魔をして、その蕎麦畑がどこにあるのか解らない。
適当に目星を付けて、横に入る細い砂利道に車を乗り入れたが、まさにどんぴしゃである。
そこには真っ白な花を付けた蕎麦畑が一面に広がっていた。
「オーッ、これは凄い。」
二人そろって思わず感動の声を上げてしまった。
生憎の雨も、かえって蕎麦の花を引き立たせてくれている感じだ。
傘をさしながら、ひたすらデジカメのシャッターを押し続ける。
その先でも、日本一の蕎麦畑といわれる場所で、国道から離れて畑の中の道に車を乗り入れた。
まさに見渡す限りの蕎麦畑である。
雨に煙る遠くの山の裾野まで、白一色に染め上げられている。
その中で一部だけ黄色っぽくなっている場所があった。
近くに寄ってみると蕎麦の花に混じって、菜の花も咲いていた。これもまた最高に美しい風景だ。
途中の道ばたでも沢山の野草が花を付けていた。
エンゴサクやカタクリが咲き乱れる春、野山が赤く染め上げられる秋、真っ白な深い雪に覆われた冬、そして夏。
朱鞠内は本当に魅力的な土地だ。
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