去年のいつ頃だろう、来年のキャンプでは十勝の海岸沿いに広がる手つかずの原生花園を訪れてみよう、突然そう思い立った。
仕事のこと、留守番をする息子のこと、留守中の花の管理のこと、これらを考え合わせると現在の我が家の状況では4泊5日程度のキャンプ旅行が精一杯だ。
そんな僅かな日程の中、今回のキャンプでは十勝の原生花園、厚岸のあやめが原、そして釧路川の川下りが主な目的だった。
雨不足になるくらい好天が続いていた北海道、それなのに我が家のキャンプ旅行に併せるかのように天気が悪くなるとの予報、何だか去年と同じようなパターンだったが、天気ばかりはどうしようもない。
雲に覆われた薄暗い空の下札幌を出発する。そんな天気のせいか、待ちかねたキャンプ旅行だというのに気持ちが盛り上がってこない。
高速道路を走っていると、途中のパーキングからカヌーを積んだワンボックスカーが出てきて、我が家の車の後ろに付いた。
平日に何処へ行くんだろうと考えながらバックミラーで様子を窺う。高速を日高方面に曲がるとその車も曲がってきた。
高速を降りたところでその車はコンビニに入っていったので、そこで別れることになる。しかし、我が家が途中で寄り道して道路に戻ると、その車がまた数台先を走っていた。どうも気になる車だ。
昼食は浦河町のサフランドールという洋食屋でオムライスを食べることにする。
Niftyのフォーラムで絶品のオムライスと紹介されていた店である。場所が良く解らないので、家で書いてきたメモを頼りに市街地の信号を曲がった。
ところが曲がる場所を間違えたみたいで、その店が見つからない。キョロキョロしながらゆっくりと走っていると、例のカヌーを積んだ車が同じようにゆっくりと走りながら何かを探しているみたいだ。
やっとその店を見つけて駐車場に車を入れると、どうやらその車もその店が目的だったみたいだ。
先に入ってオムライスを注文していると、その車から降りた男女二人が入ってきた。何処でこの店を知ったんだろう?
運ばれてきたオムライス、上に乗った卵にスプーンで切れ目を入れると、とろーりとライスの上に広がっていく。なるほど、絶品オムライスである。
先ほどの二人は奥まった席に座っていたので、声をかけないまま店を後にした。
次ぎの目的地は襟裳岬、かみさんは初めて、私も子供の時に親と一緒に来ただけなので、二人ともほとんど初めて訪れるような地だ。
道内はかなり様々な場所に行っているつもりだが、襟裳岬だけはなかなか来る機会が無かった。今回は十勝の海岸線が目的だったので、ちょうど良い経由地になった。
さすが風の襟裳岬である。近づくにしたがって次第に風も強まり、屋根に積んでいるカヌーが壊れてしまわないかと心配になるくらいの強風だ。
霧多布岬ならば霧、襟裳岬ならば風、穏やかな風景も良いが、やっぱりその土地なりの天候に遭遇した方がその印象も強くなる。
風の館という施設にも入ってみた。目的はここの強風体験コーナー、外で強風は十分に味わっていたが話の種に風速25mを味わってみる。
なかなか面白い、童心に返ってはしゃいでしまった。
そこを後にして次は広尾町に。ここのキャンプ場を下見することにする。
林間の落ち着いたキャンプ場だ。そのまま今日はここにテントを張っても良さそうなくらいだったが、本当の目的地はもう少し先、再び車を走らせる。
歴舟川の橋の上を通過、来月カヌークラブの例会で下る予定なので、少しスピードを緩めて川の様子を眺めながら走っていた。
すると対向車がパッシングしてきた。すれ違いざまに相手の顔を見ると、何と先ほどの二人連れではないか!こちらも手を挙げたが、一瞬でお互いにすれ違ってしまった。
カヌーを積んでいなかったので、多分歴舟川のキャンプ場に降ろして川の下見に来たところだったのだろう。
それにしても凄い偶然だった、まさか歴舟川の上で再びすれ違うとは。
再び彼らに会うことは無かったが、何だか不思議な縁を感じる、ゆっくりと話をしてみたかった。
今日のとりあえずの最終目的地は湧洞湖キャンプ場。
まだオープン前だったが、原生花園の中のキャンプ場というイメージがあって、私としては是非ともここに泊まりたかった。
でも、かみさんにとってはトイレが使えないという部分がネックになって、晩成キャンプ場の方に泊まりたがっていた。
湧洞湖キャンプ場は晩成のまだ先、妥協案として先に湧洞湖まで行ってみて、そこの雰囲気を確認して、ダメならば晩成まで戻ってくることにする。
国道から曲がって海へ続く道に車を走らせる。次第に低くなる雲、とても暗ーい雰囲気だ。
そうしてキャンプ場に到着、本当に何もない場所だ。看板とトイレの建物があるので、かろうじてそこがキャンプ場だと言うことに気が付く。
もしかして、キャンプ場のオープンはまだでも原生花園の見物客のためにトイレだけは開いているかも知れない、なんて淡い期待も抱いていたが、やっぱりそう都合の良いようにはいかない。
妻の様子を窺うが渋い表情だ。
晩成キャンプ場の方は、去年の秋に訪れた時は既にクローズしていて無理に頼んでBサイトと呼ばれる方にテントを設営したが、その時に下見をしたAサイトの方はもっと素晴らしい場所だった。
温泉にも入れるし、焚き火もできるし、まあここは妻の意見を尊重しておくことにしよう。
もと来た道を引き返し、晩成に向かった。両者は直線距離では直ぐ近くだが、道路は大きく迂回しているので思っていた以上に時間がかかる。
時間は予定よりかなり遅くなっていた。晩成温泉で受付をする。
「キャンプしたいんですけど。」、その時に受付の人の顔に浮かんだ表情を見て、嫌な予感がした。
「キャンプ場のオープンは今週末からなんですよね。でも駐車場の横にテントを張っても良いですよ。」
そ、そんな、キャンプ場ガイドブックには6月上旬オープンとなっていたので、こんな事態は全くの予想外だった。これじゃあ去年の秋のケースの繰り返しだ。
「水は用意してきているので、Aサイトの方にテントだけ張らしてもらえませんか。」
「残念ですが、そちらの入り口は封鎖しているんですよ。海岸にもテントを張れますよ。」
ガックリと肩を落としてトボトボと車へ戻った。
駐車場の横にテントを張る気なんか毛頭無いし、海岸の方も見てみたが、釣り人の車がかなり停まっていたりして雰囲気は良くない。
結局、もう一度湧洞湖へ引き返すことにした。
2回連続して振られてしまうと、私の中ではかなり高得点のキャンプ場だったのに、すっかり嫌いになってしまった。
もうしばらくはここに泊まる機会は無いだろう。
再び湧洞湖へ戻ってきた時は5時を過ぎていた。
トイレが使えないのならば、何処にテントを張っても同じこと。海岸沿いに良い場所がないか探してみることにした。
レジャー客が散らかしていったゴミが気になるが、花に囲まれた良い場所が沢山ある。でも、目の前の太平洋の迫力のある大波とその音。
さすがにちょっとびびってしまい、大人しくキャンプ場の方にテントを張ることにした。
霧雨も降ってきたので猛スピードでテントを張って、かみさんが荷物を降ろしている間に私は夕食のバーベキューの準備。
この素早さには我ながら感心してしまう。直ぐに全ての準備は完了した。
肉を焼きながら、とりあえずビールで最初の乾杯。それにしても、最高に暗いシチュエーションだ。
辺りには当然誰もいない、低くたれ込めた雲に細かな霧雨、太平洋の波音が腹の底に響いてくる。
暖かさを感じさせてくれるのは、時々聞こえる野鳥の鳴き声だけだ。
これまで、どんなキャンプ場に泊まっても寂しいなんて気持ちを感じたことなんて無かったが、さすがにここではその寂しさというものがひしひしと感じられる。
こんなキャンプ場は初めてだった。思いっきり孤独に浸りたい人には、北海道の中で一番お勧めの場所かも知れない。
前の夜は8時半には眠ったので、朝も4時過ぎには目が覚めた。
相変わらず暗い空だ。それでも霧雨が止んでいるのが救いである。
改めて回りをちょっと歩いてみると、その原生花園の美しさに息を呑んだ。曇り空が幸いして、霧に濡れた花々が一層その鮮やかさを増している。
手つかずの原生花園、観光地化されていない代わりに、砂浜にはゴミが散乱し、そこら中にRV車が走り回った跡が残り、花が盗掘されたような跡もやたらに目に付く。
それでも私は、こんな原生花園の風景が好きだ。観光地の原生花園のように、決められた木道をぐるりと一周するだけでは全然味気ない。
原生花園の花と言っても、言わば雑草のようなものだと思う。私が子供の頃、家の近くの原っぱの中に自然とこんな風景があった。
荒れ果てた風景の中に安らぎを与えるように咲く花々、そんな花の姿に出会うと本当に嬉しくなってしまう。
もちろん、盗掘や花園の中をRV車で走り回る行為は絶対に許し難い。そのRV車の通った跡をたどりながら原生花園の中を自由に歩き回る。我ながらとても矛盾した行動だと思ってしまうが、一時だけ余計なことは考えずに花園の景色を楽しんだ。
テントを撤収して、出発前にもう一度ゆっくりと原生花園の中を散歩することにした。
撤収前にテントの水滴を拭き取ったが、この天気では完全に乾くわけがない。濡れたままのテントを車に積み込んだ。
次ぎに長節湖のキャンプ場に立ち寄る。
ここは完全に夏の間の海水浴場と言った風情で、一般のキャンパーにはお勧めできる場所ではない。
それでもこの時期、キャンプ場の回りは湧洞湖と同じような原生花園が広がっている。
再び国道に戻り、次のトイトッキ原生花園に向かう。
十勝の海岸沿いを走る国道336号線は海から4、5km離れているので、海岸沿いに点在する原生花園を巡るためには、その度に国道まで戻らなければならない。
入り口を見落とさないように注意しながら走っていくと、小さな「原生花園」とだけ書いてある看板を見つけた。もっと大きな表示があると思っていたので意外な気がした。
そこを入っていくと、直ぐに一面黄色いセンダイハギの花に覆われた海岸に出た。ここは北海道の天然記念物の指定を受けているだけあって、木柵が作られ車が勝手に進入しないような保護措置がとられている。
確かに他の野趣に溢れる原生花園と違って花の種類も豊富みたいだ。
一面に咲くセンダイハギの下はガンコウランが埋め尽くしていて、他に名も知らない花が一杯咲いている。こんな場所が観光地化されていないなんて、今時信じられない状況だ。
十勝の海岸沿いに連なる湖沼群とそれを取り巻くように広がる原生花園、北海道に最後に残された手つかずの原生花園と言っても良いだろう。
もう一カ所、豊北原生花園と呼ばれる場所もあるはずだが、結局入り口を見つけることができずに断念。
去年からの目標だった原生花園をたっぷりと楽しんだ後、釧路へ向かうことにした。
途中、国道から外れて海岸ぎりぎりの断崖の上を通るルートに入った。この付近は昆布刈石と呼ばれて、太平洋を眼下に見下ろせる楽しい道路だ。
砂利道なのだが、ちょうどそれに平行して立派な舗装道路が作られている最中だった。
この道路が完成したら、素晴らしい景色も楽しめなくなってしまうのだろう。
昨日走ってきた襟裳岬から続く黄金道路も、昔はもっと荒々しい景色を楽しめたはずなのに、現在はトンネルだらけ。
同じような状況は北海道のいたるところに見られる。安全に道路を利用できることは大切だが、それに伴って素晴らしい景色を2度と楽しめなくなるという現実はとても寂しい気がする。
高校生の頃、この付近の砂浜でキャンプをしたことがあったが、その場所を思い出すことができないまま通り過ぎてしまった。
今日の昼は釧路ラーメンだ。後はひたすら釧路に向かって車を走らせた
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