オホーツクの流氷キャンプに朱鞠内湖のワカサギ釣りキャンプと、今年は十分に雪中キャンプを楽しんだ・・・つもりだったが、私の心の中では何となくもう1回行きたいな〜と言う気持ちがくすぶり続けていた。
早々と発売された今年の北海道キャンピングガイド、何気なくそのページをめくっていると吹上温泉のキャンプ場が通年オープンという記載が目にとまった。
もう一度雪中キャンプへ行くのならば十勝岳周辺かなと漠然と考えていた私の気持ちと、そのガイドブックの内容は、見事なまでにピタリと一致したのである。
そう決まると、ころころと変わる週間予報の週末の天気を見ながら一喜一憂する日々が続くのだが、出発予定日の二日前になって、このことをかみさんに全く話していないことに気がついた。
「あのさー、今週末なんだけどキャンプへ行こうって話してたっけ?」
「エーーッ!、・・・、でもそう言えば前にそんなこと言われたような気も・・・」
我が家のキャンプの予定は、いつもこんな風にかなりいい加減に決まってしまうのである。
当日の天気は快晴、低気圧が発達しながら太平洋上を北上してくるとのことで、ちょっと気がかりではあったが、まずは絶好の雪中キャンプ日和である。
キャンプ場への途中、富良野のスキー場が窓の外に見える小さな店でスパゲティを食べる。
スキー場のゲレンデにはまだたっぷりと雪があるのに、今シーズンの営業は既に終わってしまった様である。(プリンスホテル側のゲレンデは営業中)
そんな静かなゲレンデを眺めながらの夫婦の会話。
「昔泊まったペンションはまだあるのかなー」
「あら、懐かしいわねー。だいぶ昔よね。」
「えーと、確か十・・・、ん?、20年前!!」
ちょっとした昔話のつもりが20年前の話だったとは、正直、年を感じてしまう。
その頃は冬のボーナスの全てをスキーにつぎ込んでいたような時期で、ゲレンデを見ると気持ちが高ぶってきたものだが、今は目の前のゲレンデを見ても何も感じない。
時間の流れを痛切に感じながらキャンプ場へと向かった。
富良野市内の雪はほとんど消えかかっていたが、十勝岳に向かう道路を上がって行くにつれて周りの風景は冬に逆戻りしていく。
雪深い時期にこの付近を訪れるのは初めての経験で、日本とは思えないような周りの山々の景観に圧倒されてしまう。
吹上温泉の白銀荘前キャンプ場は、雪の無い時期に見た感じでは緩やかな斜面を平らに削り取っただけのただの広場、と言った印象しか無かったが、冬のこの時期ではその広場のほとんどが吹きだまりで埋まってしまい、スキーゲレンデの様になってしまっている。
様にと言うか、ここは山スキーのメッカでもあるために本当にスキーゲレンデになってしまっているのだ。
こんな状況はあらかじめ想像はしていたが、いざ何処にテントを張ろうかと考えるとちょっと途方に暮れてしまった。
端っこの方の平らな部分にテントを張るしかなさそうだが、とても快適なキャンプを楽しめる場所とは言い難い。
まあそれでもしょうがないかと諦めていたところ、斜面のずーっと上の方にまで登っていた妻が、「そんな所ではなくてこちらにしましょう」と言ってきた。
「エーッ!こんな場所まで荷物を運ぶの!!」
確かにその場所は、平らで周りを樹木に囲まれ駐車場の喧噪も気にならないような魅力的な場所だったが、ちょっと距離が遠すぎる。
それでも、ここまで来たからには快適なキャンプを楽しみたかった。覚悟を決めて荷物を運び上げることにする。
大型ソリにキャンプ道具を積み込んで引っ張るが、その斜面は想像以上にきつかった。2往復で荷物を運び終わったが、しばらくの間激しい息切れ治まらない。標高1000mってこんなに空気が薄いんだっけ?って感じだ。
その苦労は十分に報われるものだった。
直ぐ隣にはトドマツの森が迫り、穏やかな春の日差しが真っ白な雪面をいっそう輝かせている。
渇いたのどに冷たいビールが心地よい。まさに理想的な雪中キャンプである。
ここ吹上温泉からのスキーツアーは十勝岳ではなくて三段山という山まで登るようだ。
せっかくだから、散歩気分でスノーシューをはいてその途中まででも登ってみることにした。
スキーで雪面が固められているので、愛犬フウマは気持ちよさそうにその上を走って行く。その後に続く人間はと言えば・・・。
なんか変だ。体がやたらに重い。それほどきつい傾斜でもないのに、直ぐに息が上がってくる。先ほどのビールが体の力を奪っているみたいだ。
それでも、目の前に聳える三段山の一段目という最初のピークまでは登り切って、そこからの十勝岳の雄姿を眺めたい。
最後の30度の急斜面を登り始める。数歩登るだけで息が切れて立ち止まり、また数歩登ってはまた休む、その繰り返しだ。ここ十数年で、こんなにしんどい思いをしたことは無かったかも知れない。
やっとの思いで最初のピークまでたどり着いた。その先には二段目のピークが聳えており、そこからは森林帯を抜けて最高の景色が楽しめそうだったが、既に力尽きてしまっていた我が家は、樹木の枝越しに十勝岳の姿を楽しんで引き返すことにした。
上から滑り降りてきたスキーヤーが、そんな場所でウロウロしている愛犬フウマを見てびっくりしている。確かに、雪の中こんな場所まで登ってきた犬はフウマが初めてかも知れない。
山スキーでは帰り道の快適さが約束されているので、辛い登りも苦にならないのだろうが、我が家の場合帰り道もスノーシューで降りなければならないのだ。
スキーで滑れば快適な滑降を楽しめる30度の急斜面を、スノーシューでドタバタと降りることほど馬鹿げた事はない、つくづくと感じた。
テントに帰り着くと早速ビールだ。何だか、ビールを美味しく飲むためにわざわざ汗をかいているような感じである。
テントを張った場所からは直接十勝岳を望む事ができないので、山が見える場所までイスを持って行き、そこでじっくりとビールを飲む。キャンプならではの楽しみ方だ。
暗くなる前に早めに夕食を済ませ、お楽しみの時間に備える。
実は今回のキャンプでの一番の目的はこれだったのである。
今時期の空は春霞に包まれ、その霞越しに沈む夕日は不気味なほど真っ赤な色に染まる。その赤い色の太陽を山の上から眺めたら最高かも知れない、我ながらかなりこだわりの強い今回のキャンプだった。
余談になるが、私はカシミールという山岳地図ソフトを使っている。有料の地図データを購入している割にはあまり使ってもいないソフトである。
キャンプへ来る前に、このソフトを使って夕日の沈む方向を確認できないかと調べてみたところ、まさにそのための機能が備わっていた事を初めて知った。
指定した地点で何時何分に太陽が沈むかを、その地点から見た3D画面で完璧にシミュレートできるのだ。こんな便利な機能が有ったとは、これからのキャンプ計画を考えるときにでもかなり役立ちそうなソフトではある。
実際の様子は木が生えいたりするので、ちょっと違ってきてはしまうがほぼ想像通りの方角に沈んでくれそうだ。このキャンプ場は、下界の眺めは視野が限られてしまうので、太陽の沈む方向がずれるとお目当ての赤い太陽が見られなくなってしまうのだ。
ちょうど地平線近くに雲がかかっているのが気がかりだったが、次第に空を赤く染め上げながら太陽が沈み始めた。
その色は・・・、赤くない・・・。
そのうちに、心配していた雲の中に太陽が隠れ始める。折角の期待が外れてしまい、がっくりと肩を落としていた時、雲に隠れたと思った太陽がくっきりとその輪郭を現し始めた。
雲に見えていたのは地上近くに立ち込めた春霞だったのだ。
その中に没した太陽は、ギラギラとした輝きを失い、その代わりにはっきりとした輪郭が見えるようになり、そしてその色は血のように赤く染まった。
そんな状態が続いたのは、わずか数分ほどだったろうか。
その一瞬のために、こんな所まで出かけてくるキャンプなんてのも、たまには良いかも知れない。
残念ながらデジカメではその様子はお伝えできないみたいだ。
翌朝目を覚ますと、あたりの森にクマゲラのドラミングの音が響いていた。
森の奥からは小鳥のさえずりも聞こえてくる。
気温も−5℃程度までしか下がらず、この山の上まで春は確実に近づいてきているようだ。
これで今シーズンのキャンプは終了、いや、雪中キャンプは終了、本格的な春の訪れまでしばらく大人しくしていることにしよう。
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