念願のダウンのシュラフを手に入れて、まず最初の目標は積雪がもっとも深くなる2月中旬の朱鞠内湖を訪れることだった。
道内でもっとも積雪が深く、しかも日本の最低気温を観測している朱鞠内、この厳しい自然にさらされて一晩をテントの中で過ごすことは私たち夫婦の憧れでもある。
これまでは、さすがにそこまで無謀なキャンプをする気にはなれなかったが、カタログスペック−24℃まで使用可能なダウンのシュラフがあれば何とかなりそうだ。
できればもう一ランク上のシュラフがあれば理想だったが、厳冬期の山に登るわけでもなく、あくまでもファミリーキャンパーの枠を外れる気のない私たちにとってそれが適当なところだ。
それでも、カタログスペック−3℃まで使用可能というシュラフで−30度の朱鞠内でキャンプをしたことを考えれば、その快適さは比べものにならないだろう。
そう考えて、毎日インターネットで朱鞠内湖の積雪状況をチェックしていたが、1月中頃までは順調に増え続けていた積雪がその後はなかなか増えなくなってしまった。どうせならば積雪3mを越える朱鞠内湖でキャンプをしたい。
今年は久々に厳しい冬になりそうな感じだったが、最近になって少し様子が変わってきたようだ。また去年のように春の訪れが早くなるのだろうか。そうなると心配なのがオホーツクの流氷の状況だ。
朱鞠内の次はオホーツクの流氷キャンプを予定していたのだが、このままでは去年のように早々と流氷が岸から離れてしまいそうだ。急遽予定を変更して今年のキャンプはオホーツク流氷キャンプでスタートすることに決めた。
このパターンは今回で3回目、すっかり我が家のキャンプ始めの恒例になってしまった感じだ。
その後は毎日インターネットの流氷状況を眺めながら、キャンプ当日に流氷が接岸していることを神様にお願いし続けた。
西風に流されるように、次第に北の方から流氷が岸から離れだしていた。去年は現地に到着してから、流氷の去ってしまったオホーツク海を目の当たりにして愕然としたものだが、インターネットは本当に便利なもので、毎日の流氷の様子が手に取るように解ってしまう。
出発日の最終チェックでは、かろうじてサロマ湖付近では流氷が接岸しているようだった。いざ流氷のオホーツクへ向けて出発である。
去年のキャンプでは見事に流氷は空振りに終わってしまったが、それでも今思い出してみると本当に素晴らしいキャンプだった。
誰もいないオホーツク海の砂浜で、流木を拾い集めて焚き火をして、本当にワイルドなキャンプを楽しめた。正にキャンプの原点に帰ったという感じで、我が家のキャンプの歴史の中でも最も思い出に残るキャンプの一つである。
札幌から5時間かけて、キャンプ予定地の三里浜に到着した。
そこに到着するまでは途中の道沿いからは海を眺めることができない。駐車場からも直接は海が見えないので、車から飛び降りて小高い擁壁の上まで駆け上った。
するとそこには、遙か彼方まで氷に埋め尽くされた真っ白なオホーツク海が広がっていた。やったー!!
心の底から嬉しくなった。
ソリに荷物を積み込んで、流氷の直ぐ近くまで引っ張っていき、そこにテントを張ることにした。
積雪は10cm程、カチカチに凍ってアスファルトの様に固まった砂浜の上を数日前に降ったばかりのフワフワの雪が覆っている様な状況だ。テントを設営するのも楽である。
ただペグを打ち込むのはちょっと大変だ。砂浜なのに、それが凍っているのでプラスチックペグはほとんど打ち込むことができない。安物の細長いペグの方が釘を打ち込む様な感じで地面に刺さってくれる。
ちょうど私たちがテントを設営しているときに大型の観光バスが到着して、駐車場横の展望台の上には大勢の観光客が並んでいた。
彼らにはこのような私たちの姿がどんな風に見えているのだろう。
ここ三里浜は流氷観光のちょっとした穴場になっていて、車を降りて直接流氷のそばまで歩いていける数少ないポイントの一つである。さすがに大型バスがやってくることは少ないが、マイカーの観光客は結構やってくる。
誰かに声を掛けられるかなとも思ったが、不思議とそんな人はいない。
街の中を歩いていてホームレスを見かけても知らないふりをしてその横を通り過ぎる。自分たちにとって理解できないものは無視するに限る。きっとそんな感じなのだろう。
私たちも彼らを無視して、静かなオホーツクのキャンプを楽しんだ。
しばらく流氷散歩を楽しんだ後、流氷の大きな固まりの上に腰掛けギンギンに冷えた缶ビールで喉を潤す。
妻は呆れて眺めているが、とっても幸せな瞬間だった。
雲の切れ間から太陽の光が差し込むと、流氷の海は一層その白い輝きを増した。
天気予報だとオホーツク方面は晴れの良い天気のはずだったが、日が差したのはその時だけで、後は空一面に雲が広がってしまった。
この日の夜は、ほぼ満月に近い月明かりに照らされた幻想的な流氷の海を楽しもうと思っていたのに、ちょっとがっかりである。
夕食のメニューはキムチ鍋、今回は激辛スープを用意したので、食べ終わった後は腹の中から熱が広がってくるのが良く解る。
でも、腹の中は燃えているのに、身体の外側はやたらに冷えている。温度計を見ても気温は−5℃程度だ。
これまでの雪中キャンプの経験からは、この程度の気温は快適に過ごせる範囲内のはずだった。それなのにやたらに寒く感じる。
もしかしたら雪が少ない性なのだろうか。今年の冬、札幌は雪が積もるのが遅くて気温だけがやたらに低い日が続いていた。やっと雪が積もると、気温はそれまでとさほど変わらないのに何となく暖かく感じてしまう。
雪が持つ保温効果?理屈は解らないが、きっとそんなものがあるのだと思う。
いつもは食事などはテントの前室で済ませ、インナーテントの中へは寝るときにしか入らないのだが、さすがにこの日は寒さに耐えかねて、インナーテントの中に入って羽毛のシュラフに下半身だけ潜り込ませ、その状態で酒を飲むという状況になってしまった。
もしかして寒さの問題ではなく、ただ気持ちが軟弱になってしまっただけなのかもしれない。
一方、愛犬フウマは雪の上で寒そうに縮こまっている。足が冷たいのか、前足を代わる代わるに上に持ち上げている様子がとても不憫だ。
昔は猛吹雪の中でも、全身真っ白になりながら丸まってじっと耐えていたのに、今年の冬からは完全な室内犬となってしまったために、人間と同じくすっかり軟弱になってしまった様だ。
見るに見かねてインナーテントの中に入れてやることにしたが、中に入ってきたフウマはやっと自分の居るべき場所に戻れたといった感じで、直ぐに私のエアーマットの上で丸くなって眠ってしまった。
犬好きキャンパーの中にはテントの中で愛犬と一緒に眠っている人もいるが、私の場合どうしてもそこまでは出来なかった。室内で一緒に飼うようになってからも、ソファーとベッドの上だけは人間の場所というふうに区別していた。
その様な垣根もとうとう取り払われてしまったわけだが、愛犬と寄り添って眠るというのもなかなか楽しいものである。
その日の夜は、結局気温もそれほど下がらずに、今回のキャンプの目的の一つでもあったシュラフの性能を見極めるというところまではいかなかった。
夜中に目が覚めたときはちょっと寒く感じたくらいである。これで本当に−24℃まで快適な睡眠が約束されているのだろうか。今回は厚着したままでシュラフに入ったのだが、もっと薄着の方が体温で暖まれるのだろうか。
シュラフの性能試験は次の朱鞠内湖キャンプまで延期することにしよう。
翌朝も空は雲に覆われたままだった。
一番の楽しみにしていた、流氷原から昇ってくる朝日の姿を見られなかったのはとっても残念だった。
遙々と札幌からやって来て、年に一度あるかないかの貴重なチャンス、思わず天を恨んでしまったが、これもまたキャンプの宿命である。
朝食を済ませた後、海岸沿いにしばらく歩いてみた。
一つ一つ違った様子の流氷を見ていると全く飽きることがない。時間があれば何処までも遠くに歩いて行きそうだった。
夜中は寒さに震えていたフウマも、真っ白な雪原の中を思う存分走り回って自由を満喫している。時々流氷の上に飛び乗っては遥か沖の方をじっと見つめている。
その様子を見ていると、年をとって軟弱にはなってしまったが、やっぱり飼い主と同じく生粋のアウトドア大好き犬何だなあと感じてしまった。
またいつの日かここに戻ってこよう、そう考えながらキャンプ場を後にした。
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