1日目 礼文林道・礼文滝歩道
2泊3日のわずかな日程で礼文島の何処を見て歩くか、迷った末に決めたのが、まる1日を使って歩く礼文林道から礼文滝へ通じるコース、最終日に半日で回る桃岩歩道コースの二つだった。
その中でも、礼文林道については、「道は狭くて荒れているが車でも走れる」という話もあり、そこを車で行くか歩いていくか大いに頭を悩ませた。
普段は、500m離れた場所へは何の迷いも無く車に乗っていくという生活を送っているので、できればあまり長い距離は歩きたくない。
しかし、色々と調べてみても花を見るためには礼文林道は歩いた方が良いとしか書いていないし、途中に駐車スペースが無ければ礼文滝への遊歩道も歩くことができない。
結局は、せっかく礼文島へ来たのだからと、全行程、徒歩で頑張ってみることにした。
緑ヶ丘公園キャンプ場からすぐ近くの林道入口に車を停めて、そこからスタートだ。
礼文島へ渡ってからはほとんど繋がれたままだったフウマを自由にしてやる。すると、これから何処へ行くのか解っているように、一目散に林道を駆け上っていった。
森の間をダラダラとした上り坂が続いている。礼文島にはあまり木が生えていない印象だったが、何処まで上っても森を抜けることができず、頭に描いていた礼文島らしい広々とした景色はなかなか現れてこない。
かれこれ1時間近く歩いただろうか、ようやく森林限界を通り過ぎたような感じで、あたりは笹薮に変わってきた。
それでも笹の丈が高いため、私はかろうじてその向こうの景色を見ることができるが、妻の身長では笹に囲まれた単調な坂道でしかない。
フウマにとっても、砕石だらけの歩きづらい道で、最初は颯爽と先頭を軽やかに歩いていたのが、次第に足取りが重くなってきた感じだ。そして、足の裏が痛いのか、砕石の浮いていないような場所を選んで歩くようになってきている。おまけに、かなり喉も渇いてきているようだ。
自分たちの食事と飲み物だけはしっかりと用意してきたのに、フウマの飲み水を忘れていたことに気が付いた。
犬はかなりの量の水を飲む。水筒に麦茶を入れてきていたが、それをまともにフウマに飲ませれば、あっと言う間に飲み干されてしまうだろう。
手のひらに、口を湿らせる程度の量の麦茶を入れて、飲ませてやった。
かなり喉が渇いていたのか、むさぼるようにその麦茶を飲み干した。わずかな量だが、それで体力が回復したのか、再び先頭に立って歩き出した。
「もしも、極限の状態でわずかな水しか無いような時ならばどうするだろう?」と妻に問いかけてみたら、「そりゃあ、人間とフウマと半分ずつよ」とあっさり答えられてしまった。不憫なフウマである。
林道は思っていたほど荒れてはいなくて、所々に車を停められるようなスペースもある。
「これじゃあやっぱり車で来たほうが良かったなー」と愚痴がこぼれたが、妻から「これは車がすれ違うためのスペースよ、そんなところに駐車したら迷惑になるでしょ」と諌められてしまう。まことにごもっとも、気を入れなおして歩き始める。
ようやく笹も低くなって見通しが利くようになってきた。
最初は曇っていた空にも青空がのぞき始め、眼下には礼文島の美しいパノラマが広がってきた。フウマも感動したようにその景色を眺めている。
これまでも、フウマとは色んな場所を旅しているが、その目には礼文島はどのように映っているのだろう。
札幌にいる時は、朝の散歩にでても、用を足せばすぐに帰ろうとするし、歩き疲れるとリードに引きずられるように嫌々歩くような犬なのに、アウトドアに出ると急に元気になる。何時も先に帰ろうと言い出すのは人間の方なのだ。
ちょっとデブで短足でかなり年も取ってはいるが、何処に出しても恥ずかしくない立派なアウトドア犬である。
ようやく礼文滝へのコースの分かれ道に到着した。
その入り口の看板には「ここから先は道も険しく健脚者向けです。」と書いてあったが、アウトドア犬フウマならば頑張ってくれるだろう。それに途中の沢で水も飲めるので、もう一頑張りだ。
路面も、それまでの砕石から土に変わって歩きやすくなったのか、「こっちに行くぞ、フウマ!」と声をかけると、出発の時よりも元気良く、細い山道に突進していった。
これまでの林道と違って、歩いているだけで楽しくなってくるコースだ。
ただ、期待していたほどの花が見られない。本に載っている写真で見るような景色は本当にあるのだろうか、ちょっと心配になってきた。
高さ2、3mほどの木に覆われたトンネルのような道を抜けると、沢へ降りるような急な坂道になった。その向こうの山の上まで道は続いているようで、坂を下りた分、またそこまで上っていかなくてはならないのかと考えたら、下り坂もあまり嬉しくない。
でもフウマにとっては、そこを降りきったところに流れていた沢は本当にありがたかったに違いない。猛烈な勢いで沢の水を飲んでいた。
礼文島にはキタキツネがいないので、いくら沢水を飲んでもエキノコックスに感染する心配は無い。
かっては礼文島民に感染者が多発したことがあり、様々な対策によりエキノコックスを島から根絶したという話だが、その時は島内のすべての犬も処分されたとか。
悲しい話である。
そこから先の上り坂は、給水で再度パワーを回復したフウマの独壇場だ。やっぱり上り坂では四足の方が有利みたいだ。
ハアハア言いながら、フウマの後に続いて坂を上りきると、そこでは素晴らしい風景が待ち受けていた。
そこから先の見渡せるすべての山の斜面に色とりどりの花たちが咲き乱れているのである。
これが写真に写っていた礼文島のお花畑だ。当たり前のことだが、いくら上手に写した写真でも、やっぱり実物の風景には敵わない。
遠い礼文島のこの地まで、はるばると足を運んできた甲斐はあった。
そこから先、礼文滝まで続いている谷は「ハイジの谷」と呼ばれているが、その名のとおりの美しい谷である。
しかし、その谷へと降りる道は九十九折の険しい道だ。道沿いのロープにつかまりながら、足元に注意してそろそろと降りていく。足元のことより周りの美しい花のほうに気を取られてしまう。
ようやく下までたどり着くと、そこには綺麗な小川が流れていた。
フウマもホッとして疲れが出たのか、流れの中に寝そべってしまった。
そこから続く小川沿いの道は、両側を花の咲き乱れる山に囲まれ、本当に美しい道である。
反対側から上ってきたおばさん連れがフウマを見て、「あらー、可愛いねー、でもちょっとおでぶちゃん。最後の崖は険しいわよー。」
「余計なお世話だ、あんた達ほどはデブって無いぞ」と心の中で呟きながら、笑顔で挨拶してすれ違った。
間もなくして海が見えてきた。横を流れていた小川は、そこから滝となって流れ落ちている。
その横を降りる道はかなり急だったが、おばさん達の言葉に反発するように、フウマは軽い足取りでそこを降りていった。
こちらはまたしても、ロープにつかまりながら危うい足取りでフウマに付いていく有様だ。
綺麗な海だった。もっと気温が高ければ、そのまま飛び込んでしまったかもしれない。如何にも、海底にはウニがごっそりと転がっていそうな、美味しそうな海である。
そこで食事をしていると、海岸沿いにおばさんの一団が歩いてきた。元地の方から来たのだろう。
そのおばさん達もフウマを見て、「可愛いわねー、でもちょっと肥えとるなー。」
全くおばさんて奴は、どうして皆、こうも無礼にできているのだろうか。
そのツアーのガイド役らしい男性は、何だかとっても不機嫌そうに見えた。仕事とは言え、こんなおばさん達を引率して歩くのは大変だろうと、気の毒に思えてしまう。
一休みして、今来た道を引き返す。簡単に降りてきた滝の横の崖も、短足フウマにとってはちょっと上りづらそうだ。
さすがにちょっと体力が落ちてきているのかもしれない。
そうして再び、谷に降りてくる九十九折りの道まで戻ってくると、例のおばさんの一団に追いついてしまった。
道の途中で大きな声でワイワイガヤガヤと、たいそう賑やかである。
小川のそばで休憩して、おばさん達が消えるのを待っていると、またフウマが川の中でへたり込んでしまった。
おばさん達は一向に先に進もうとしないので、諦めて出発することにした。
「行くぞ」と声をかけると、それまでの疲れ切った姿からは信じられないくらいに元気良く、スクッと立ち上がってまた歩き出した。
頼もしい奴だ。
それでも九十九折りの坂道を登る途中、曲がり角の度にふーっとため息を付くような感じで、登ってきた道を振り返る様子がとっても可笑しい。
途中、道を塞ぐようにしゃがみ込み、必死になって花にカメラを向けるおばさん達のでかいケツを蹴り上げてやろうかと思いながら、「すいませーん、ちょっと通してください。」と声をかけながら追い抜いていく。
その先では例のガイドさんが、ムスッとした顔でたっていた。「頑張ってね」と声をかけてやりたくなった。
ようやく林道の分岐点まで戻ってきた。礼文滝までの往復で、休憩も含めて3時間程度の道のりだった。
最初の計画ではそこから車を停めてある場所まで戻るつもりだったが、殺風景な同じ道を再び歩く気にはなれない。
帰りはタクシーを呼べば何とかなるだろう。そこから先の林道には結構見所も有るようだし、予定を変更して先へ進むことにした。
香深井からそこまでの景色に比べて、その先は見晴らしも良く快適な道だった。
ただ、フウマにとっては再び砕石だらけの歩きづらい道になってしまった。
フウマを間に挟んで、そのペースに合わせてのんびりと歩く。
途中から丘の上へと延びる細い道の入り口があった。月の丘と呼ばれているところだ。その丘の頂上まではかなりの急勾配だったが、ここまできたらそこへ上らないわけには行かない。
フウマを促して、その細道に分け入った。そんな道はフウマの大好きな道である。
再び元気を取り戻して、先頭に立って軽やかにその坂を上がっていった。
頂上に立つとまさに絶景である。景色も素晴らしいが、そこから一気に海へと落ち込む山の斜面は一面花に覆われ、言葉には言い表すことができない美しさだ。
フウマもその景色に見とれている様だった。
その道は、しばらく美しい景色の尾根伝いに続き、最後には元の林道へ合流した。
ゴール地点もあとわずかだ。
するとその先から、各々首から高そうなカメラをぶら下げた団体さんが歩いてきた。
ゲッ、まただ。
案の定、「あら可愛い」、「太ってるわね」、「頑張ってるねー」、「肥満かしら」、「よう肥えとるの」、好き勝手な言葉が次々とフウマに襲い掛かった。
「勝手に言ってろ、団体バスで移動しながら観光している人間にそんなこと言われる筋合いは無い。」
愛想笑いを浮かべる気にもならず、その団体をやり過ごした。
ようやく林道を抜けて、舗装された車道へと出てきた。
町まで降りて、下の駐車場からタクシーを呼ぶつもりだったが、少し歩いたとこで運良く空車のタクシーを拾うことができた。
私だけ乗り込んで、車を取りに向かう。運転手さんの話によると、日中はほとんど貸切りの利用が多いので、タクシーを呼んでもすぐには来れないとのことである。
その後、銭湯で汗を流しキャンプ場へと戻ってきた。
キャンプ場横の広場からは、利尻富士の姿が美しく見えていた。
そこで何時もの調子で、「さあフウマ、走るぞ」と声をかけて走り出した。
フウマもすぐに後に続いて走り出したが、突然倒れこみ、急に足の裏を舐め始めた。
びっくりして、その足の裏を調べてみると、皮が剥けている所があった。そんな状態だったのに、痛そうなそぶりも見せずにずーっと一緒に歩いていたとは、健気な奴だ。
2日目 桃岩遊歩道コース
翌日は桃岩遊歩道を縦断するつもりだったが、日中はタクシーを拾うのが難しくフェリーに乗り遅れても困るので、知床側から入り、行ける所まで行って引き返すことにした。
問題はフウマをどうするかだ。
足が痛そうなのに山道を歩かせるのは可哀想だし、車の中で一人で留守番させておくのはもっと可哀想だ。
とりあえずは様子を見ながら一緒に連れて行くことにした。
遊歩道の入り口付近には駐車場が無いので、近くの小学校の前の空き地に車を停めてそこからスタートした。
嬉しそうに歩き出すフウマだったが、すぐに砕石だらけの道に変わり、歩くのが如何にも辛そうである。
その遊歩道も、やっぱり、途中まで車で入ってくることができて、駐車できそうなスペースもあった。
人間が歩く分には平気だが、フウマのことを考えたらそこまでは車で来たほうが良かったかもしれない。
しばらくはダラダラとした上り坂が続く。昨日の林道のように林に囲まれ見通しが悪いような事は無く、振り返ればすぐ近くに迫った利尻富士の姿を見ることはできるが、退屈なコースである。
しかし、元地灯台に近づくにしたがって景色が一変してきた。
それまでの見渡す限りの笹に覆われた風景が、昨日と同じ一面のお花畑に変わってきたのである。
礼文島は、車道が走っている東側はほとんどが木か笹に覆われていて、花もそれほど多くは咲いていない。
ところが車道が整備されていない西側一帯は、花咲き乱れる別世界なのだ。
これではやっぱり、礼文島で花を楽しむためには歩くしかないのである。
元地灯台から先は、崖っぷちギリギリに遊歩道が作られ雄大な眺めが広がっている。その一番高い場所まで上っていくと、眼下に桃岩YHがあった。
フェリー出航までの待ち時間に、そちら側へ車で行ってみたが、ちょうどその時、桃岩YHの若者たちと遊歩道まで登ったYHの宿泊客たちとが大声で呼びかけ合っていた。これも桃岩YHの恒例行事なのだろう。
お互いの声が、壮観な礼文西海岸の切り立った崖の間に響き渡っていた。
遊歩道の方はそこから先、キンバイの谷と呼ばれる場所まで一気に下ることになるが、フウマの体力のことを考えるとここまでが限界のようである。
何しろ、写真を撮るのにちょっとでも立ち止まると、すぐに地面にしゃがみこんでしまうくらい疲れきった様子なのである。
フウマの様子を気づかいながら、もと来た道を下り始めた。
途中、草の上で休憩を取ると、そのままバタンと倒れこみ、直ぐに眠ってしまった。
ちょっと可哀想だったが、その様子があまりにも可笑しいので、二人してフウマの哀れな姿をカメラに収めた。
それでも、声をかけると再びむくっと起き上がり、また黙々と歩き出すのである。
後は、フウマが止まる度に立ち止まり、歩き出すとまた一緒にスタートするといった感じで、何回もフウマに声をかけながらゴール地点までと下っていった。
こうして、フウマの二日間に渡る礼文島トレッキングは終わりを告げたのである。
こんな風に無理やり歩かせては犬が可哀想だ、と言う人もいるだろうが、私は、辛かったかも知れないがフウマもきっと楽しかったはずだと思っている。
これまでも、数え切れないくらい一緒にキャンプをして、何回も一緒に川を下り、そして今回も辛い思いをしながらも長い距離を一緒に歩ききった。
そのたび毎に、お互いの絆が深まっていくような気がする。
確かに、デブで短足で年も8歳を越えてはいるが、まだまだこれからも一緒に色々な体験をしていくことになるのだろう。
本当はこのページで、礼文島の美しい写真を一杯公開しようと考えていたのですが、デジカメトラブルにより殆んどの写真データが失われてしまいました。
ここに掲載している写真は、大部分が妻がコンパクトカメラで撮影したものです。
果たしてこれで礼文島の美しさが伝わるかどうか、ちょっと心配だったりして。(^_^;)
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