最初の計画では、オンネトーの次は糠平のキャンプ場へ泊まる予定だった。
ここは紅葉も美しく、温泉も徒歩圏内、是非この時期に泊まってみようと考えていた場所だったのだが、調べてみると9月一杯で閉鎖ということになっていた。
北海道のキャンプ場は9月末で閉鎖と言うところが結構多い。せっかくの紅葉キャンプのシーズンなのに何とももったいない話だ。
札幌への帰り道は三国峠を越えて層雲峡を経由する予定だったので、この付近で1泊するとちょうど良い行程になる。然別湖に変更しようとしたがここも同じく9月で閉鎖だ。
他にも何処か無いかと探している時、目にとまったのが士幌高原ヌプカの里キャンプ場だった。
ガイドブックの説明によると十勝平野を一望できて、ロケーションもなかなか良さそうなところだ。
キャンプ場の朝、十勝平野を赤く染めながら昇ってくる雄大な朝日、私の頭の中にはそんなイメージが出来上がっていた。
どうしてもその光景を見てみたいという願望が日に日に強くなっていたので、オンネトーにもう1泊したいという妻の希望を無視して、このキャンプ場へと向かうことにしたのだ。
しかし、ヌプカへ向かう途中から次第に風が強くなってきた。
多分、何もさえぎるものが無いようなところのはずなので、風が強いと辛いものがある。
天気は確実に回復に向かっているはずなので、キャンプ場に到着する頃には風も止むだろう。むなしい期待を抱いて車を走らせていたが、風は止むどころか道路沿いの並木を大きく揺らすほどに強くなり始めてきた。
それでも、キャンプ場は山陰に位置するので、その山に遮られて風も弱いはずだと、最後のむなしい期待にすがりつく。
キャンプ場に近づくにしたがって標高も高くなり、後ろには雄大な十勝平野が広がり始めた。予想通りの素晴らしいロケーションが楽しめそうだ。
しかし風が・・・。
山に遮られるどころか、山から吹き降ろす風が突風となってキャンプ場に吹き荒れていた。車に乗っていても、車ごと揺すられるくらいの風である。
かみさんはそこにテントを張る気は全く無いらしい。それどころか、だからオンネトーでもう1泊しようと言ったじゃないの、と言った表情をはっきりと浮かべて私を見ている。
とどめを刺すように、パラパラと雨粒まで落ちてきた。
しょうがない、明日予定していたルートを先に進んで、層雲峡あたりでキャンプをしようということに決めて、その場所をあとにした。
落ち込んだ気分で車を走らせていたが、前方の空は私の気分以上に灰色だった。
ヌプカの里ではちょっと雨が落ちてきたが、十勝の空はまだ青空が残っている。前方に広がる雲の様子から考えると、層雲峡の方は確実に雨が降っていそうだ。
急遽予定を変更して、途中で見かけた上士幌町の航空公園キャンプ場へ泊まることにした。
そこは市街地の直ぐ隣、私がもっとも泊まる気にならないキャンプ場のタイプである。
それでも、少し低い場所に位置しているので風も弱まり、良く手入れされた芝生がなかなか気持ち良さそうな場所だったので、ここはビバークするつもりで、一晩の宿とすることに決定した。
時間の余裕も出来たことだし、近くのナイタイ高原牧場まで遊びに行くことにした。
遠くの山の斜面まで果てしなく続くような広大な草原、そこでのんびりと草を食む牛達の姿。
そんな様子を見ていると、それまでの落ち込んだ気分が嘘のように、何だかとっても楽しくなってきた。
空には大きな虹がかかり、晴々とした気持ちで航空公園キャンプ場へと向かった。
そこには数組のキャンパーがテントを張っていた。今時期のこんなキャンプにしては結構な数である。
皆、強風を避けてここのキャンプ場に非難してきたのだろうか。
荷物を降ろそうとして嫌なものが目に入った。お決まりのペット禁止の看板である。
まあ、管理人が常駐しているキャンプ場でもないし、それほど気にする事は無いだろうと思ったが、よくよく見ると場内のあちらこちらにこれでもかと言うくらいにペット禁止の看板が立てられているのだ。
さすがにここまでされると、ここに泊まる気は完全に失せてしまった。
ここでまた決断を迫られる。こうなったらまたヌプカまで戻るしかない。風なんか何とかなる。これまでも、もっとひどい条件の中でキャンプした事は何回もある。
こんなキャンプ場なんか2度と来るもんか、捨て台詞を残してそこをあとにした。
再び舞い戻ったヌプカの里は、先ほどよりも少し風が治まったようである。
それでもまだ、テントが飛ばされるくらいの風の強さだ。
最初にフレームを組み立てて、次は二人でアウターを手に持ち、風に飛ばされないように身を伏せる。
一瞬風が止んだその僅かな時間を利用して一気にそのアウターをフレームに被せ、すばやくペグで固定していく。
我ながら惚れ惚れするような素早さでテントの設営が完了した。
テントさえ立ててしまえば、後は大型の台風にでも直撃されないかぎりは安心して一晩を過ごすことができる。
こんな日に他にキャンパーが居るわけも無く、キャンプ場を我が家だけで独占だ。
他に誰もいないと寂しい、なんて言う人もいるが、我が家にとってはこれが最高の条件である。
目の前には広々とした十勝平野が広がり、まさに開放感に満ちたキャンプが楽しめる。
トイレに入った妻が悲鳴をあげた。
まさか、シーズンオフなので清掃が行き届かず、トイレの中がウ○チまみれなのでは。
駆けつけてみると、何とそのトイレの中はテントウムシの巣と化していた。
床、壁、便器の中、無数のテントウムシが蠢いている。
中を歩くと、プチプチと足の裏にテントウムシが潰れる感触が伝わってくる。水を流すと何百匹ものテントウムシがトイレの穴に吸い込まれていった。時々、頭の上からもテントウムシが降ってくる。
まあ、可愛いテントウムシだからある程度は許せるが、それにしても気持ちの良いものではない。
来る途中、足寄の道の駅で買ったラワンブキの炊き込みご飯の具を使って炊き込みご飯を作り、暖かい石狩鍋で身体を中から暖める。
食事が終わると、持参してきた薪がほとんど残ったままなので、バーベキューコーナー風の建物を使わせてもらい、そこで焚き火を楽しむことにした。
その頃には風もかなり治まってはいたが、それでも時々突風が吹き付けてくる。
その風に煽られて焚き火が急に燃え上がり、炎が小屋の屋根まで届きそうになる。
こんな状態でも、我が家のキャンプにやっぱり焚き火は欠かせないのだ。
明日の朝日を楽しみに、早めに眠りについた。
目を覚まして、恐る恐るテントの外を覗いてみる。昨日のこともあるので、空を見るまで心配だった。
その心配はすぐに振り払われた。まだ暗いものの、空には雲一つ出ていない。
すぐに車に乗って、キャンプ場から少し上がったところにある展望台に向かった。
散歩に行けると思いしっぽを振りながらテントから出てきたフウマは、そのまま車に乗せられてしまったので怪訝そうな表情をしている。
その場所は道路の行き止まり、本来はそのまま山を越えて然別湖へ通じる道路になるはずだったところである。
その無謀な計画は幸いなことに中止され、今はその場所がちょっとした駐車場になっている。
トイレも水場も整備されていて、キャンピングカーならば快適にキャンプができそうな場所だ。
そこで歯を磨いていると、いつの間にか太陽が顔を出していた。
近くには、地元の写真同好会風なグループがやって来て、朝日に向かってカメラを向けている。
私も負けずとカメラを構えた。
後ろを振り向くと東ヌプカウシヌプリの山が赤く染まっていた。
ちょっと上るだけで簡単に頂上に達しそうな感じに見える。そこまで上れば、直ぐ下に然別湖の姿が現れるのだろう。
朝のイベントを楽しんでキャンプサイトへ戻った。
昨夜までの風がウソのように止んでいた。
無理して移動して他のキャンプ場へ泊まっていたら、こんなに素晴らしい時間を過ごすことはできなかっただろう。
これまでのキャンプでも時々感じたことだが、どんなに厳しい状況でもそこから逃げ出しさえしなければ、自然はその後で素晴らしい光景を見せてくれるものだ。
再び焚き火を楽しみ、夜露で濡れたテントが乾くのをのんびりと待って、気持ちよく撤収を終えキャンプ場を後にした。
この時期のキャンプは本当に楽しいのである。
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