今年に入ってからの記録的な暖かさは、4月に入ってもそのペースを緩めず、札幌では観測史上最も早い桜の開花を記録した。
草や木や鳥や動物たち、それに人間も、あまりにも早い春の訪れに少しペースを乱されている感じだ。
北海道のGWと言えば、花々がいっせいに咲き誇る北海道の美しい春を目前にして殺風景なモノトーンの景色が広がり、ゴールデンウィークの言葉がむなしく感じられるようなつまらない時期なのである。
ところが今年は、最も美しい北海道の春とそのGWがもろに重なってしまい、これはもう大変なことになってしまったのだ。
この、春の花の時期、何の特徴もないようなキャンプ場が突然おとぎの国のようなキャンプ場に変身してしまうことがある。そんな場所でキャンプが楽しめるのは1年のうちのわずか1週間程度、それを逃すとまた次の年まで待たなくてはならない。
大体は、この時期にここへ行けば良いはずだという情報は頭の中にインプットしているつもりだが、今年ばかりは季節が大きくずれてしまっているので、全く予想が付かない。
それにGWが重なってしまい、人の少ない場所という条件も合わせて考えなくてはならないのである。
しかし、落ち着いて考えてみると、それほどキャンプ場選びにあれこれと思い悩む必要は無いのだった。今年のGWの前半、27日〜29日、北海道内でオープンしているキャンプ場は殆ど無いのである。
エゾエンゴサクやカタクリの花が終わって次にオオバナノエンレイソウの白い可憐な花が咲き乱れているはずの判館舘のキャンプ場、例年になく早い雪解けで水芭蕉やエゾノリュウキンカ、カタクリやエンゴサクが一斉に咲き始めているはずの朱鞠内湖のキャンプ場、他にも色々と候補地はあったがどこもオープンしていない・・・。
どうしてこんな良い時期にどこもキャンプ場がオープンしていないんだ、と腹が立ってしまったが、管理する方にも色々と事情が有るのだろう。なんと言っても、史上一番早い春の訪れなのである。
キャンプ場ガイドを調べていて、殆ど選択の余地のないことが解った。
結局は美笛へ行くしかないのだ。
でも、それはそれで楽しい選択だった。
早春の美笛なんて何年ぶりになるだろう。息子がまだ小さかった頃、長靴を履いて頼りない足取りで湖畔を散歩していたなー。
そんな光景が頭に浮かんで、とても美笛キャンプが楽しみになってきた。
出発日と翌日の天気予報は全道的に晴れマーク、快晴の空の下、心も弾んで8時には自宅を出発した。
オープン初日とはいえ、人気の美笛キャンプ場、既にかなりのキャンパーがいるんでは無いだろうか。
知り合いのSさんも前日の夜から現地入りしてゲート前で夜を明かす予定、なんて話を聞いていたので、ちょっと心配だった。
でも、さすがにそれは取り越し苦労、9時半に現地に着いたとき、人気の場所は既にテントで埋まっていたが、我が家のお気に入りの場所付近はまだ誰も来ていなかった。
指定席にテントを張ってホッと一息、波一つない鏡のような湖面には恵庭岳や樽前山の姿が映し出されている。
あーっ、やっぱり美笛は最高だなー、ため息が漏れてしまった。
午後になると少し風が出てきて、湖面にもさざ波が立ち、支笏湖の美しさも半減してしまった。
別にそれでも十分に支笏湖の風景は素晴らしいのだが、私の頭の中にはべた凪の支笏湖の風景しか入っていないので、さざ波が立っただけでがっかりしてしまうのだ。
それでも夕方になればまた鏡のような湖面に戻ることは解っていたので、付近をちょっとドライブして、美笛の滝でも見に行くことにした。
ところが、やっぱりまだ4月である。美笛の滝入り口の駐車場付近にはまだ雪が残り、滝へ続く散策路の途中、小さな小川を渡る木の橋は雪解け水による増水で流されてしまっていた。
しょうがないので近くの川で時間をつぶし、千歳方面まで戻って国道沿いの森の中を散歩する。
林床の草花が芽吹き始めるこの時期の森が大好きだ。山菜採りの人達が何やら袋一杯に収穫している。
私の場合、森の中を歩くのは好きだが、何故か山菜にはそれほど一生懸命になれない。タランボとかウドが見つかれば喜んで収穫するが、それ以外の山菜はなかなか真剣に名前を覚えようと言う気にならないのだ。
それでも森の春の息吹を満喫してキャンプ場へと戻った。
テントへ帰ってくると、隣にはいつの間にか立派なティピー(アメリカ先住民族が使用していたテント)が立っていた。
おじさん3人組、市販品ではなく自分で作ったティピーと言うことみたいで、今日はそのお披露目の初キャンプといった風情だ。
そのおじさん3人、やたらに話し声が大きい。明らかにテンションが上がっているみたいだが、まあその気持ちは良く解る。
苦労して作ったティピーでの美笛での初キャンプ、おまけに雲一つない快晴の天気、楽しくてしょうがないのだろう。あまり気にしないでいることにした。
風も止んで、再びべた凪の湖面が戻ってきた。
カヌーに乗り、バーベキューに舌鼓、オープン初日と言うことで周りには枯れ枝が沢山落ちていて焚き火の薪には不自由しない。
焚き火を楽しみながら、日が落ちると共に色を変えていく空や湖、山々の姿を眺めて時間を過ごした。
やがて樽前の山影からからまん丸い月が昇ってきた。
意外と月夜の美笛は初めてだったような気がする。酔っぱらってさえいなければ月夜のカヌーも楽しいかもしれない。
Sさんがワイン持参で遊びに来た。
さすがにまだ4月、夜になると気温も下がってきて、今回はビールしか用意していなかったので、ちょうどワインが飲みたかったところだ。
ずーずーしく、直ぐにそのワインを戴くことにする。焚き火の温もりとワインの酔いが体に回って、とても気持ちの良いキャンプの夜だ。
明日の朝は朝日の写真でも写そう、10時には眠ることにした。
ところがそのころ、お隣のおじさん3人組はちょうど宴会が佳境に入ってきている様子だ。
今時期にキャンプをする人達は大体が消灯時間も早い、キャンプの楽しみ方を心得ているのだろう。
テントに入ると、外にいるときは気にならなかったような話し声でも、やたらに大きく聞こえるものだ。直ぐ隣で話しているように聞こえてくる。
それでも私は、昨日の往復30kmの自転車通勤の疲れ、久しぶりのキャンプが楽しくて朝の4時から目が覚め寝不足気味、それに心地よい酔いも手伝って、シュラフにはいると直ぐに死んだように眠ってしまった。
ところが妻の場合、その話し声が気になって全然眠られず、おじさん達の宴会が終わるまでそれにおつきあいしていたようである。
朝起きたとき、かなりご立腹した様子だった。
その夜はかなり冷え込んだようで、途中寒さで目が覚めた。
最近続いた暖かさに騙されていたが、やっぱりまだ4月である。それなりの防寒対策は必要だった。
シュラフの中に頭まですっぽりと潜り込み寒さを我慢していたが、おかげで目が覚めたときは既に5時を過ぎており、朝日は高く上がってしまっていた。
それでも、湖の湖面は完全に波一つなく、鏡のように山の姿を映している。
美笛でしか味わうことができない、素晴らしいキャンプの朝である。
焚き火を燃やしてゆっくりとコーヒーを味わい、朝飯前のカヌー散歩に出かけた。
何時にもまして湖の水は澄んでおり、遥か下の湖底の様子がくっきりと見えて、空中に浮かんでいるような錯覚に捕らわれる。
その湖底に自分たちのカヌーの影が映っている。何だか不思議な感覚だ。
朝食を済ませて、再びカヌーで遠くまで漕ぎ出してたっぷりと支笏湖を満喫した。
しかし、キャンプ場まで戻ってくると、近くでモーターボートや水上バイクが轟音を響かせて走り回っていた。
キャンプ場から美笛川を挟んだ対岸には車で入ってくることが出きるのだが、そこから発着しているようである。
水上バイクなどのレジャーを否定する気持ちは無いが、支笏湖の中でもそれなりの棲み分けがされているはずだ。そんなことも解らずに、平気でキャンプ場の近くで騒音をまき散らす奴らの無神経さには本当に腹が立ってしまう。
チェックアウトの時間も迫っていたのでちょうど良い潮時だった。
雲一つない真っ青な青空と静かな支笏湖のたたずまい、そんな素晴らしい景色に後ろ髪を引かれることもなく、キャンプ場をあとにした。
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