出発前夜になってもキャンプの目的地が決まらないと言う、いつもながらの情けない状況である。
それでも今回は、洞爺湖のキャンプ場か、もう少し足を延ばして豊浦の海岸で海キャンをするか、二つに一つの選択なので頭を悩ませる度合いも何時もほどではない。
豊浦での海キャンは、実はゴールデンウィークのメニューの一つとして考えていたものだが、結局その時は没、今回は再チャレンジと言うことになる。
ここのキャンプ場は、7月8月だけのオープンという典型的な海水浴キャンプ場である。
北海道でもそろそろ夏を思わせるような暑い日があったりして、このチャンスを逃せば海水浴場は人の波に埋め尽くされてしまい、とてもじゃないがのんびりした海キャンなんかできるはずもない。
もう一つの候補地、洞爺湖のキャンプ場は、最近カヌーにも乗っていないし、そろそろ岸辺の木陰でのんびりと過ごす正統派のキャンプも楽しみたい、そんな気分での選択だった。
妻は完全に、湖畔でのんびりキャンプの方を望んでいたみたいだが、私はちょっと違った。
「洞爺湖でキャンプをするならば、湖の中島までのカヌーツアーに挑戦しなければならない」、別に誰かから言われたわけでは無いが、何となくそんな風に思いこんでしまっているのだ。
中島までカヌーで往復するとなると、のんびりキャンプどころか、体育会系ど根性カヌーしごきキャンプになってしまいそうだ。
せっかくのキャンプでそんなつらい思いをするよりも、ここはやっぱり初夏の浜辺での静かな海キャンを選択する方が賢いに決まっている。
「やっぱり海に行こう」
妻の希望はあっさりはね除けられてしまった。
海キャンといえば10数年ぶりくらいになる。
去年、浜益村の浜益海浜公園キャンプ場に泊まったが、ここはサイトと浜辺の間が防風柵で仕切られていて、直接海を見ることもできない。これでは海キャンとは言えないのだ。
今年、海の眺めが美しい苫前町のグリーンヒルキャンプ場に泊まっているが、ここでは海から少し離れすぎている。
やっぱり海キャンは、潮の香りに包まれ、目の前には白い砂浜と青い海、サンダル履きの足が砂でジャリジャリするようなところでなくては、気分が出ないのである。
豊浦町の海岸には3つのキャンプ場がある。
大岸の第1、第2キャンプ場、それに礼文華キャンプ場である。この中の一番気に入った場所に泊まろうと考えていた。
国道から曲がって最初の場所が大岸第一キャンプ場、ところが入り口には無情にもバリケードが張られていた。
トイレ、水道が使えないのは覚悟していたが、これはちょっと予期せぬ事態である。
と心配したのもつかの間、トンネルを抜けた先の大岸第二キャンプ場は、道路沿い(旧道)がそのままサイトになっていて、そこに自由にテントを張ることができる。
誰もいるはずがないと思っていたが、すでに先客のテントも一張り張られていた。
あたりを見ると、道路を挟んだ反対側に立派な水洗トイレが建っており、隣には炊事場もあって水も使える。トイレ用テントの準備までしてきたが、これならば快適なキャンプができそうである。
予定では礼文華キャンプ場の様子も見ることにしていたが、ここがすっかり気に入ってしまい、そのままここにテントを張ることにした。
ビールを飲んで一息ついたところでおもむろに車の中から釣り道具を取り出した。
今時期ならばカレイが釣れるはずである。本屋で釣りの雑誌を立ち読みしながら情報を仕入れていおいたのだ。
前夜、物置から投げ釣りの道具を引っ張り出したが、この道具を開けるのもかなり久しぶりのような気がする。
「へー、俺ってこんなに沢山釣り道具持っていたんだ」、一人で感心していると
横から妻が、「そうよー、昔はなんだか色々と買いそろえていたみたいだから」と冷やかしを入れてくる。
海釣りをするならば、でかい魚が釣れたときのためにタモが必要だ、そう考えて一番最初に買ったタモは一度も使われることなく物置の中で眠っている。
そんな道具が沢山出てくるのである。
久しぶりの第一投、緊張しながらも力強く海に向かって竿を振りおろした。
そのまま真っ正面の方角を仕掛けの飛んでいった先を探したが、気が付くと竿先から出たラインはかなり関係ない方向に向かって伸びていた。
この付近でカレイを釣るには100m程度の遠投が必要と雑誌に書かれていたが、私の技術ではそれほど飛ばせるわけもない。
本気でカレイを釣り上げようとも考えてないので、まあこれで良いかと、後はのんびりと海を眺めて時間を過ごす。
妻は浜辺を散歩しながら、座り込んでは何か拾い集めているみたいだ。愛犬フウマも、久しぶりの海に興奮しながら、あちらこちらと臭いをかぎ回っている。
それぞれの自由時間である。
タバコを2本くらい吸い終わったところで、早々と釣りには飽きてしまい、竿を出したまま、妻の様子を見に行くことにした。
私の釣りといえば、子供の頃からこんな調子なものだから、一向に上達する見込みは無いのである
妻は、小さなホタテの貝殻や波に洗われて丸くなったガラスの破片を集めていた。
その中に、奇妙な貝殻のようなものが沢山混ざっていた。形は丸くて大きさは色々、全て中央に星形の模様が付いている。
「何だろういったい?」、「ヒトデの骨かしら?」、「ヒトデに骨なんかあったっけ?」、「うーん・・・」
結局正体は不明、誰か知っている人がいたら、無知な夫婦に教えてあげてください。
夜のメニューは海の幸バーベキュー、波静かな噴火湾の眺めがすばらしく、申し分ない海キャンである。
ところが残念なことが一つ、海キャンのクライマックス、海に沈む夕日がここでは見られないのである。太陽は背後の山陰に沈んでいくので、日が落ちるのも他の場所よりも早い。
これまでの海キャンといえば全て日本海に面した場所ばかりで、当然夕日は海に沈むものというイメージがあったので、ちょっとがっかりである。
その代わりにもう一つの海キャンの楽しみ、焚き火を始めることにする。
シーズン前ということもあり、手頃な流木が沢山転がっていて豪快な焚き火を楽しむことができた。
(その辺に落ちていたものは全て燃やし尽くしてしまったので、次の人用の流木は残っていません。)
風もほとんど無くて、波も穏やかな噴火湾、ところが何故かキャンプ場の前だけ大きな波が発生するのである。
音だけ聞いていると、台風の大波が打ち付けてくるような感じである。
まあ、酔っぱらいの騒ぐ声よりも、ちょうど良い子守歌代わりになってくれるだろう。
とは思ったもののそれだけではない。
すぐ隣には道路が通っていて、トンネルもあるので車の通行音が増幅される。
おまけに道路のその向こうには線路もあって、列車がひっきりなしに通り過ぎる。
もう一つおまけに列車が通るたびに警報機もなり始めるのだ。
この状況で眠るためにはひたすら酔っぱらうしかない。 持ってきたビールを全て飲み干してテントに入ったが、さすがにぐっすりと眠ることはできなかった。
翌朝、4時半頃にテントから起き出すと、いつの間にか釣り人やテントが増えていたのでびっくりさせられる。ほとんどが釣りが目当ての人たちみたいだ。
朝のうちは雲に覆われていた空も、次第に晴れて夏の太陽が照りつけてきた。
ゆっくりと日光浴でもといきたいところだが、留守番をしている息子に餌をやるために昼までには帰らなくてはならない。
最近のキャンプは何時もこのパターンで、なかなかキャンプ場でゆったりと時間を過ごすことができなくなってしまった。
それでも、多感な時期の息子をほったらかしにしておく訳にもいかない。もうしばらくは、せわしないキャンプが続きそうである。
帰り道、礼文華キャンプ場の様子を見てみたが、こちらはトイレも水場も閉鎖されており、何となく殺伐とした雰囲気の場所だった。
それでも夏になると、ここもファミリーの歓声に覆われるのだろう。
そんな中でも一張りテントが張られており、おまけにその横には、今回我が家が用意していたトイレ用テントと全く同じものが建てられていた。
そこまでしてキャンプやりたいのかー!
何となく、そのテントの中のキャンパーに親しみを感じてしまったのである。