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やる気を失った人達 |
カヌークラブの5月例会は道南の清流、後志利別川である。
しかし、当日は気温も低く、朝から冷たい雨が降り続く生憎の天気となってしまった。
前日からキャンプをしているメンバーはすっかりやる気を失い、ちょうど大成町でアワビ祭りが開催されていると言う話を聞き込み、例会は中止してアワビ祭りに参加してアワビ採りをやろうなんて、とても安易な方向へと傾きつつあった。
確かにアワビに魅力は感じるが、前日に下見で下っているメンバーや千歳川でひと漕ぎしてからやってきたメンバーと比べて、私は今シーズンの初漕ぎになるのである。
わざわざここまでやって来たのは、ドライスーツに着替えて水槽の中でアワビ採りをするためでは決してないのだ。
そこへ救世主のように、朝に札幌を出て雨などものともしない新メンバーが到着し、その勢いに押されて何とか予定どおり利別川を下ることになった。
下る区間は、雨も降っているのでダム直下から花石橋までのおよそ9kmとする。
スタート地点ゴール地点とも川の直ぐ近くに車を停めるスペースがあり、カヌーの上げ下ろしも楽である。
しかし、今回はかみさんが来れなかったので、一人で出艇場所までカヌーを降ろすのにちょっと苦労した。
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カヌーに乗り込む |
皆はコンクリートの上でも平気でカヌーを引きずって運んでいるが、アリーでそんな真似をしたら直ぐにすり切れて穴が開いてしまう。
担いで運ぼうと思っても、普通のカナディアンのように真ん中にヨークと呼ばれる横棒が付いていないので肩に乗せることもできない。結局、頭で支えながら運ばなければならないのだ。
幸い今回は駐車場所から川まで距離がないので助かったが、もしもこれが遠かったら川へ出る前にギブアップしていたかもしれない。
何とか川にアリーを浮かべることができた。
目の前のダムから轟々と水が流れ出しているのでちょっとびびってしまうが、流れもそれほど強くないのでまずは水上でウォーミングアップ。
アリーをソロで漕ぐのは、数年前に歴舟川を下って以来だ。
どちらかというとソロで漕ぐ方が自分の思うようにカヌーを操れるし、前方の隠れ岩なども、目の前に鎮座する障害物が無い分、発見しやすい。
カナディアンを一人で漕ぐ楽しさに気づくと言うことは禁断の果実に手を出すようなものである。最初はカナディアンに一緒に乗っていた夫婦が、次第に別々の艇に乗り始めるというカヌー離婚が多いのも納得できる。
スタートして直ぐに最初の難関がやってきた。
前日に下見をしたツアーリーダーのTさんが、ここをドキドキコースと名付けている。
川の上からでは、中州の木の陰になってそのコースがよく見えない。ちょっとだけドキドキしてきた。
もっとドキドキするために、順番に一人ずつ下って下さいとTさんから指示が出る。
今回下る区間では唯一の難所と言うことだが、話しを聞く限りではそれほど大した場所でもなさそうである。無理してドキドキコースと言ってはいるが、ちょっとした落ち込みがあるくらいだろう。
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ドキドキコースもホーイのホイって感じ |
沈をしてもその下が直ぐにとろ場なので危険は無いとのことなので、自分の番になった時も緊張もしないで漕ぎ始めた。
木の陰に回り込むと、そのドキドキコースの全貌が明らかになった。
「ゲゲッ!」
落ち込みと言うよりも岩がらみの瀬で、隠れ岩も多そうだ。そんな場所が結構長く続いている。
コース取りを間違えれば、隠れ岩に乗り上げて敢えなく沈。人間の方は大丈夫だろうが、愛艇アリーが途中の岩に張り付いて、そのままメキメキと折れていく様子が脳裏にハッキリと浮かんだ。
かみさんとのタンデムだったら、今頃は「右!左だ!ドロー!もっと漕いでー!、違う、反対だって!」などと後ろから声を張り上げているはずだ。
ところがである。ソロの場合は前方が良く見渡せるので、予めどのコースを下れば隠れ岩の餌食にならないかがハッキリと解るのだ。後はただそのコースにカヌーを進めれば良いだけである。
「あらよ、ほらよ、ホーイのホイ」って感じで自在にカヌーを操り、あっさりとそこをクリアしてしまった。
春先なので、川の水量も十分である。
その分、瀬の波もかなり高くなっているが、浅くて隠れ岩に引っかかるよりもこの方がずーっと楽しい。
ちょっと緊張しながらそんな波の高い瀬に突入しても、意外なほどカヌーが安定している。カヌーのバウに数十キロの重しを積んでいない分、波に煽られてしまわないか心配だったが、逆に波の上をスイスイ進んでいく感じである。
タンデムの時ならばその大波のど真ん中を突き破るように進むので、あっと言う間にカヌーの中は水浸しになってしまうのだ。
どちらかというとその方が迫力があって楽しいのだけれど、今回はそんな瀬を越えても全然カヌーの中に水が入ってこない。
瀬を越えるたびにカヌーの水出しをする必要が無くて良いのだが、何となく物足りなさを感じてしまった。
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放水口のウェーブで遊ぶ皆さん |
下っている途中にダムの放水口があり良い波が立っていたので、皆さんサーフィンで遊びはじめる。私はカメラマンに徹してその様子を撮影していたが、見ているうちにアリーでもサーフィンができそうな気がしてきた。
沈しても良いように、流されそうなものは全て陸に降ろして、アリーに乗り込んだ。まずは、サーフィンができるポイントまで漕ぎ上がらなければならない。
「あれ?」
その付近は思っていたよりも流れが強くて、なかなか前に進まない。と言うか、後ろに押し流されている。
必死になってパドリングするが、腕に全然力が入らない。ここまで下ってきた間に、既にパワーを使い果たしてしまっていたのだ。
「まずっ!」
フェリーグライドで漕ぎ出した場所まで戻ろうとしたが、そのままジリジリと下流に流されてきている。
もしかしたら川の本流の方が流れが緩いかも。そのままフェリーで本流に入った。
「げっ!」
本流の方がもっときつい流れだった。ますます下流に流されていく。
サーフィンを楽しんでいるメンバーは、こんな私の苦境には誰も気が付いてくれない。
私のカヌーの直ぐ後ろまで次の瀬が迫ってきていた。
「ぎゃ!」
周りを見てもエディが全然無い。
そのまま瀬に入れば、あっと言う間に百メートル以上は流されてしまい、他のメンバーの視界からは消えてしまう。
岸には、私の防水バッグやカメラやウーロン茶が綺麗に並べて置かれているので、私が居なくなったことに気づいたメンバーはそれを見て、サーフィンができない悔しさで荷物を置いて川に身を投げてしまったのかと思うことだろう。
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Sさんの撮った写真に偶然私の姿が・・・
ちなみにこの人たちは陸上でロールの練習してます
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かろうじて河畔林の中に水が流れ込んでいる場所があったので、そのまま後ろ向きにそこにカヌーを突っ込み、浅瀬に飛び降りて、ヤナギの木にしがみつき、やっと止まることができた。
河畔林の中に一人でポツンと立っている私に、やっとSさんが気づいてくれた。身振り手振りで、そこに残してきた私の荷物を持ってきてくれるようにお願いしたら、何とか理解してくれたようである。
サーフィンに飽きたメンバーが、やっと川下りを再開した。
Sさんから、そっと荷物を受け取った私は、まるで何ごともなかったような顔をしてその中に加わったのである。
ここで全ての力を使い果たしてしまった私には、そこから先が過酷なダウンリバーとなってしまった。
この後上陸地点までは遊べるようなポイントもないため、皆さん急にゴール目指してスピードを上げたのである。あげると言っても、ただ普通にパドリングしているだけだ。
しかし、でかいカナディアンで参加しているのは今回は私だけであり、しかもソロである。
必死になってパドリングしても、特に足の遅い我が家のアリーでは、皆に遅れないように付いていくのが精一杯なのだ。
ここでようやく、カナディアンは二人乗りの乗り物として作られていることを思い知らされた。
前に乗る人間は、障害物でもただの重しでもなく、カナディアンのエンジンとして機能するのである。「どう?思い知ったでしょ!」と得意そうなかみさんの顔が頭に浮かんできた。
そうしてやっとゴール地点に到着。カヌーを持ち上げる余力も無く、ズルズルと引っ張って車のところまで運んできた。
最後に車の屋根に乗せるのにも一苦労。アリーの底に敷かれているフォームマットがたっぷりと水を吸い込んでいるので、やたらに重たい。
エイッと持ち上げた途端、腕は曲がり腰はふらつき、何とも情けない。
今年の冬はカヌーの体力作りのために腹筋、背筋、腕立て伏せと体を鍛えておいたつもりだが、元々の筋肉量が少ないので、腕立ても連続30回が限度、懸垂に至っては2回しかできない。
最近リジット型のカナディアンに色気が出てきたけれど、その重量は大体が30kg以上、これではとてもじゃないが車への積み卸しだけでへばってしまいそうだ。
カナディアンカヌーはやっぱり、タンデムで乗るものだと思う。
二人の息がピタリと合えば、ソロの時よりも確実に操作性が良くなり、瀬の中でも機敏な動きで岩を避けることもできるだろう。
それこそが、理想的なカナディアンの楽しみ方なのである。
決して、車への積み卸しが楽になり、向かい風の時も楽に漕げるとか、そんな不純な理由でそう思っているわけでは無いことを、最後に付け加えておく。
美利河ダム放流量:2005年5月20日午前10時 43.56t |